2007けんざい
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建材情報交流会ニュース

 第44回
「阪神・淡路大震災を教訓にした耐震対策の現況」

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基調講演「建築物の震災軽減への取り組みについて」
 大阪大学名誉教授  井上 豊氏

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■阪神淡路大震災・建物被害状況
20年前の阪神淡路大震災。振り返ると、我々耐震工学を研究する者たちにとって、大変衝撃的な景色が目の前にありました。震災時、震度4だった大阪の高層ビルでは、1階部分では100〜130Galくらいの揺れが約30秒、28階部分の水平方向では300Galくらいの揺れが約2分間続いた、という記録が残されています。上下方向の揺れの継続は下階・上階ともに同じくらいでしたが、水平方向の揺れは上階の方が強く長く続くという傾向が読み取れます。我々は、最大振幅だけでなく、長く続く揺れも含めて、震動軽減の策を考えなければなりません。
世界の地震分布を見てみると、図1のように日本はとても地震が起こりやすい場所にあり、地球の地震エネルギーの約60%は、日本を中心とする太平洋を囲む一帯で放出されていると言われています。日本周辺では、太平洋プレートが東から西へと動き、そこに北米プレートが覆いかぶさります。また一方で、太平洋プレートに押されたフィリピン海プレートが西側のユーラシアプレートへぶつかり、関東大震災や先般の東日本大震災のような「海溝型地震」を引き起こすのです。そしてそのエネルギーの影響で内陸の地殻がストレスを受け続け、「内陸部直下型地震」も引き起こされます。中部から近畿地方にかけては活断層が大変多いため、阪神淡路大震災をはじめ、「内陸部直下型地震」が多く発生しています。(図1)

■地震と地震動
地震と地震動、つまり「大きい地震」と「大きい揺れ」は異なります。地震そのものの規模の大きさを表すひとつの数値として、「マグニチュード」が使われます。地震動は、その地震が伝わった様々な場所で計測される揺れの強さを表す数値で、「震度」という階級を用います。
マグニチュードの基本的な考え方は、地震が発するエネルギーの大きさを対数で表した指標値で、観測された揺れの振幅の対数と、観測位置と地震の起こった場所の距離の対数に関係します。距離については、表面波(面積的広がり)と実体波(体積的広がり)の関係性により、1乗でも2乗でもなく1.73乗で計算されています。また、10をマグニチュードの1.5倍乗したものがその地震の出したエネルギーに比例するので、マグニチュードが1増えると、エネルギーは約30倍となります。東日本大震災では、気象庁が地震直後に発表したマグニチュードは8.8でしたが、翌日9に修正しました。マグニチュードが0.2違うと、エネルギーは10の0.3乗ですから約2倍になります。また近年では、地震直後には計算することはできませんが、マグニチュードを正確に地震のエネルギーと対応させるため、地震断層面の平均応力降下量、破壊の総面積、地震時平均すべり量によって算出される「モーメントマグニチュード」も専門分野では、用いられるようになっています。
揺れの大きさについては、地震の歴史とともに階級・名称が変化してきています。そもそも地震が学問的に評価され始めるのは1880年頃からで、図2にもあるように最初はわずか4段階のみでした。そして1891年の濃尾地震がきっかけで地震計等の開発が行われ、その階級がより細分化。1908年に階級が初めて数値化されました。さらに1923年の関東大震災、1948年の福井地震、1995年の阪神淡路大震災を経て、1996年に地震動の強さを示す指標として計測震度が正式に導入されます。それまで、震度は各地の気象台の職員が体感および周囲の状況から判断して決めていましたが、今では計測震度計により自動的に観測され、速報が出されています。計測震度を導入したことによって、地表のゆれ(地震動)の強さの程度を、震度計によってデジタル処理された客観的な数値で表すことができるようになったのです。

■地震荷重の変遷
構造物が地震により受ける力を地震荷重といいます。この地震荷重に対して、家屋などの構造物をどのように耐震設計するかについての考え方は、これまでの歴史の中で様々な変遷を経てきました。さかのぼれば、まず1916年に佐野利器先生が学位論文「家屋耐震構造論」で水平震度を定義します。この論文では震度を建物自重と作用水平力の比率とし、地震荷重は建物自重に比例した水平力でほぼ説明できることを示し、震度法による設計が提案されました。そして1922年には、東京タワーの設計で有名な内藤多仲先生が「架構建築耐震構造論」を発表します。柱と梁にかこまれたフレームの中に壁を作る「耐震壁」を考案し、実際にその理論に基づいて、丸の内に日本興業銀行本店が建てられました。図3がその図面ですが、竣工後3カ月目に起きた関東大震災で多くの建物が倒壊したにも関わらず、この建物はほとんど被害を受けることなく、内藤多仲先生の耐震理論の有効性を実証したことで有名です。
そして1924年には市街地建築物法が改正され佐野先生の提案した震度0.1で設計することが義務付けられました。また、昭和に入った1927年頃には、耐震設計における「剛柔論争」が巻き起こります。構造物を外力に耐えさせる考え方として、外力をそのまま構造体全体に作用させる剛構造と、構造体全体の剛性を低くして地震動による揺れを柳に風のように受け流す柔構造の二つの理論がぶつかり合いました。この論争に対して1935年には京都大学の棚橋諒先生がまた新たな理論「速度・ポテンシャル理論」を唱えます。「地震の破壊力は地動加速度に比例するものではなく最大速度に比例する、建物の耐震力は破壊までに蓄えられるポテンシャルエネルギーである」といった剛構造・柔構造のいずれでもないものでした。建物の耐震力は倒壊までに多くのエネルギーを蓄えられる粘りづよいものが勝っているという考えは当時はなかなか理解されなかったようです。そして時代は戦争へと突入していきます。戦時中は物資も乏しいので、強度ぎりぎりの設計で建物は造られました。終戦後の建築基準法は、地震、風外力などの短期的外力には安全率を半分とし、0.1だった震度が0.2に変更されます。そして、河角廣先生の日本における地震危険度の分布、金井清先生の地盤と構造物の揺れの特性といったものを組み合わせて、地震の起こりやすいところと起こりにくいところで地域係数を設けたり、固い地盤と軟弱地盤、また木造と鉄筋コンクリート造など、地盤・構造物種別で低減係数を導入しました。
1963年には土地の有効利用などから建物の高さ制限の撤廃、容積率の導入など法改正を重ね、1981年には、アメリカ等の外国のように建物への地震作用をダイナミックに考えた新耐震設計法が施行され、これまで一次設計にあたる許容応力度計算だけだったのに加えて、保有水平耐力を用いた二次設計も取り入れられました。一次設計では、これまでの震度が層せん断力係数に転換されていきます。ここで重要なのは振動特性係数ですが、建物周期が長くなると地震の作用力が単位質量あたり下がっていくということが解析によりわかり、これがとり入れられました。
2000年には、また大幅な法改正が行われ、超高層建築物については国が地震応答解析の方法を定めました。また、それまで審査していた国土交通省(当初は建設省)に代わり、民間の性能評価機関が判定し、大臣がこれを認定することになりました。水平方向の地震動では、稀に発生する・極めて稀に発生する地震動など6つの地震動に対して、耐震解析・設計が行われるなど、より厳しい合理的な基準となりました。これらのように、法的にもさまざまな変化・変遷を経てきています。

■耐震・免震・制震技術の発展
建物の揺れをコントロールすることについては耐震だけでなく、建物の揺れを抑える「制震」として、1980年頃からはダンパーを骨組みの他に構造に組み込むことが始まりました。エネルギー吸収型、振子式の同調型ダンパー、そして免震構造と、それぞれに振動を抑える特性があります。
今はもうなくなってしまいましたが、N.Y.のワールドトレードセンターにはエネルギー吸収型のダンパーが使用されていました。図4はその図面ですが、プレートとプレートの間に挟まれた粘弾性材料の層によるダンパーが抵抗し、僅かの揺れも減衰させる仕組みで、100階建ての各フロアに100本のダンパー、つまり合計1万本が設置されていたことを、当時の設計者から聞いたことがあります。
床面積が小さく高さのある建物など、交通振動や風による揺れが大きい建物については、振り子式のダンパーが有効です。建物内部に倒立型やブランコ型の振り子を設け、振り子にエネルギーを移すことによって建物本体の揺れを抑えます。制御装置を停止しているときと作動しているときの揺れの違いは図5にある通りです。
免震装置は、建物の重さを支える支持性能、柔らかいバネを作る変形性能、揺れの後で元に戻す復元性能の3つの性能を持った支えるもの=支承、そしてその変形エネルギーを吸収して減衰させるダンパーによって成り立っています。免震装置がどのくらい効果があるかと言うと、図6に示される通り阪神淡路大震災時の三田市にあった建物の揺れの観測記録より読み解けます。
図の上から地盤(基礎)、1階、上層階の動きを示していますが、明らかに揺れが吸収され、振幅が抑えられています。このように、制震の手法には、ただそれを置いておくだけで震動を抑えるパッシブ制震のものに対して、センサーで動きを測りながらコンピューターの指令で揺れを抑えるよう力を加えるアクティブ制震が登場しました。また、力で抑えつけるだけはなく、可変ダンパーなどの有効活用によるセミアクティブ制震もまた、多く採用されてきています。

■耐震診断と耐震改修
阪神淡路大震災の後では、みなさんご存知のように既存不適格の建物の耐震診断が行われ、多くの学校や官公庁等の建物で耐震改修が行われました。耐震診断には先に出た棚橋諒先生の粘り強い建物を目指す理論も採用されており、一次診断、二次診断、三次診断と3種類の方法があります。一次診断は図面がない場合などに用いられる簡単な評価で、柱と壁の断面積とその階が支えている建物重量から計算します。最も多く用いられる二次診断は柱と壁のコンクリートと鉄筋の寸法から終局強度を計算して、その階が支えている建物重量と比較します。三次診断は各階の柱と壁のコンクリートと鉄筋の寸法から保有水平耐力を詳細に計算して、その階が支えている建物重量と比較します。この耐震診断で重要となる耐震指標(Is)は、Is=Eo(保有性能基本指標)×Sd(形状指標)×T(経年指標)で求められ、Is値が大きければ大きいほど耐震性が高いと判断されます。そして、耐震診断後の改修については、強度増大型と変形能力増大型の2つがあり、強度増大型では柱と梁の増強や、X型・V型・K型などの架構補強などを行います。変形能力増大型では、柱を鋼板や炭素繊維シートで巻いたり、柱と腰壁・たれ壁との間にスリットを設けるなどが行われます。
同時期にクローズアップされたのが、2005年に発覚した耐震偽装にかかわる問題です。実は少しの数字の組み換えでできてしまう構造計算書の偽造によって、疑いのあった102件中の14件は、実際に耐震性が不足しており、取り壊しまたは大規模な改修が行われています。この偽装問題を受けて、構造設計一級建築士の資格を設置、第三者機関による構造計算適合性判定の制度化、建設施工の中間および完了検査の厳格化などの対策がなされるなど、行政上でもさまざまな変化がありました。

■今後の地震と設計のコンセンサス
先に述べたように、近畿にはたくさんの活断層があり、各活断層帯ごとに地震動予測がされています。特に南海トラフの巨大地震は、東日本大震災を受けてマグニチュード9レベルまで検討されていますが、併せて周期が数秒以上のゆっくりとした長い揺れを引き起こす長周期地震動が起こると予想されており、その場合は深刻な被害が起きることも想定した上で、予測には注意しておかなければなりません。そして今後、巨大地震が起きることを想定した耐震設計については、自然条件の制約のもとで、設計者・建築主二つの立場から、地震動レベルと安全性のレベル、被害ランクとその発生頻度などを多元的に考え、なるべく損傷の少ない構造物を作っていく必要があるでしょう。(図7)


「大阪府における木造住宅の震災対策の取り組みについて」
 大阪府 住宅まちづくり部 建築防災課
 耐震グループ 耐震推進総括主査 美野 滋俊 氏

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■阪神淡路大震災を教訓にして
阪神淡路大震災では、亡くなられた方6,434名のうち、る4,831名の方が家屋・家具類の倒壊による圧迫死だったとされています。
阪神淡路大震災の発生後は、同年のうちに「建造物の耐震改修の促進による法律」いわゆる「耐震改修促進法」が施行されました。地震による建造物の倒壊等の被害から国民の生命、身体及び財産を保護するため、建築物の耐震改修の促進のための処置を講ずることにより、建築物の地震に対する安全性の向上を図り、公共の福祉の確保に資することを目的としています。そしてその後、平成18年に一部改正が行われますが、ここで押さえておきたいのが、国が基本方針として耐震化率の目標など、具体的な数値目標を掲げたことです。当時、建築物の平均的な耐震化率が75%でしたが、それをちょうど今年(平成27年)には90%まで引き上げることを目標と定めたのです。平成25年には再度一部を改正。現行の建築基準法の耐震関係規定に適合しない全ての建築物の所有者に対して、耐震診断と必要に応じた耐震改修の努力義務が追記されました。

■大阪府の取り組み
先の基調講演の中でも紹介されていましたが、建築基準法は図2のように長い歴史の中で変遷を経ています。大きく変更されたのは昭和56年の改正で、耐震基準の新旧比較では、地震力・風力に耐える力に約2倍程度の差があるとされています。
大阪府としての取り組みとしては、平成18年の法改正時に合わせて、「大阪府住宅・建築物耐震10カ年戦略プラン」を策定し、木造住宅の耐震化を進めています。策定時には約59%だった耐震化率が平成22年度では68%まで引き上がり、平成27年度に行う計画の見直しでは、現状の耐震化率を算出すると共に再度目標値を設定します。木造住宅を耐震化することで、下図に例示した活断層で地震が発生した際の被害軽減に繋がります。
また、地震による被害を減少させていくことを目標に掲げ、大阪府内にある43市町村と共に木造住宅を耐震化するための補助も行い、阪神淡路大震災で特に被害が多かった昭和56年5月31日以前の、つまり旧耐震基準で建築された木造住宅の対象については、大規模な地震が起きた際にせめて倒壊しないようにと耐震改修を進めています。なお、「耐震化」とは、大きな地震が来ても被害を受けないわけではない、という部分にとても誤解が生じやすいため、注意をしなくてはなりません。耐震化をしたからといって、必ずしも震災後に継続的に住めるわけではないことを、住居の所有者にはっきりと告げる必要性があります。なぜなら、耐震化は震度5強の中規模の地震に対しては大きな損傷はありませんが、震度6以上の大地震に対しては、倒壊せずに居住者の生命を守ることを目的としているからです。

■耐震化への流れと行政のサポート
図4のように耐震化には、耐震診断→耐震設計→耐震改修の3段階があり、大阪府では一定金額の補助を行っています。家の健康診断ともいえる耐震診断に関しては、5万円のうちで住宅所有者の自己負担額を5,000円とし、45,000円を行政の方で補助。続いて、治し方を決める耐震設計に関しては10万円を補助の限度額としています。そして、最後に実際に悪いところを治すための耐震改修の費用についての補助は定額70万円です。また、平成26年からは除却費となる40万円の補助も新たに設けました。これら4つの補助金は、国と府、各市町村のお金を使用していますが、各市町によって制度(金額)が異なる場合もあります。(図5)
ちなみに、耐震化に必要な平均的金額を紹介すると、2年ほど前の大阪府内での平均金額では、耐震設計費が平均18万円、耐震改修費については、平均工事価格として220万円とされています。つまり、耐震設計費の自己負担額は約8万円程度、そして耐震改修費は150万円の自己負担額となります。
何はともあれ、まずは耐震診断を受けてもらうことから始まるため、耐震改修促進税制によって適用される所得税と固定資産税の特別控除も紹介しています。そして、大阪府内では、同じ年数と間取りの木造住宅を2つ用意し、補強のあるものとないもので地震の実験を行った結果、補強なしの家が倒壊するDVDを見て頂いたり、相談会や出前講座などを開いたりしながら、所有者への普及啓発を行っています。
なお、木造の場合、診断結果は「上部構造評点」で表します。0.7以下、0.7〜1.0、1.0〜1.5、1.5以上の4段階に分けられますが、評点1.0以上であれば、現行の耐震基準を満たし、倒壊しないと判断します。万が一、1.0以下の場合は1.0以上の上部構造評点を獲得できるよう、接合部や壁、基礎の補強や、屋根のふき替えなどで耐震補強を行います。ただし、一般の人は構造を目にすることが少ないため、「耐震補強」と言ってもいまいちピンとこない方が大半なのが、正直なところです。そこで「リフォーム」を行いながら「耐震補強」も並行してもらうようにも促しています。

■地震への備えをどうするのか
住宅そのものの耐震化だけでなく、家具固定など、家庭内ですぐに実践できる地震対策も非常に重要です。ホームセンター等で入手できる地震対策のグッズなどを使用しながら、食器棚等の両開きの家具は収納物が飛び出さないように扉に金具をつける。家具は上部・下部の両方を固定した方が効果的だが、どちらかであれば下部を固定する方が効果が高い。家具と壁は、L字型の金具で直接固定する。上下に分かれている家具は金具でしっかり連結させる。台の上に乗せただけのテレビやパソコンは飛び出して落下する可能性が高いので、就寝位置と特に枕の位置には注意をする。家具に対しては側方かつなるべく離れて就寝位置を確保する。地震発生時の家具の移動や転倒、あるいは収納物の散乱などにより、避難路が遮られないように出入り口付近には家具は設置しない……など、まずはお金のかからない取り組みの啓蒙にも取り組んでいます。(下図参照)
災害は、自宅にいる際に起こるものとも限りません。図6にもあるように、何かあった際には、自分で自分の周辺を守ることが最優先です。木造住宅の耐震化に加え、ハザードマップの活用、避難しやすい状況づくり、非常用持ち出し袋など急いで避難できる状況を作っておくなど、普段から対策と心構えをしておき、地震による被害を最小限にとどめましょう。
 


「木造住宅の耐震診断・改修(仮題)」
 (公社)大阪府建築士会 理事 事業委員会 委員長 耐震部会 委員
  水谷 敢 氏(貴s company 代表取締役)

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■阪神淡路大震災を振り返って
大阪で木造住宅の耐震化に携わって10年以上経ちますが、大阪人は耐震改修を「必要ない」と言われることがしばしばで、図1が私の耐震関係の約10年の実績であり、その数は、とてもシビアです。大阪府、特に大阪市は戦前からの建物も多く残っており、日本中で最も耐震化率が悪いと言われています。脅すわけではありませんが、群発で起こる可能性もささやかれている南海トラフ地震のことも考えると、なるべく早いうちに耐震改修を推し進めなければならないと強く感じざるを得ません。
引き抜き力に全く抵抗ができずに筋交いも効いていなかったり、柱と横架材の接合不良で、横架材側には、梁受け金物を取り付けるための加工がされているものの、金物は取り付けられていなかったという事例も見られました。3つ目は柱や土台などの構造躯体の腐朽、蟻害。震災時に腐朽、蟻害が起こっていた部分が揺れで破壊され、倒壊を招いたという事例です。そして最後の4つ目は、緊結されていないことと、基礎が弱いことが挙げられます。

■木造住宅の基準の見直し
日本では、関東大震災以降木造住宅の研究がなされておらず、昨今ようやく見直されたのが実情です。荷重や外力に基づいた許容応力度設計等の構造計算は求められていません。前提条件に沿って定められた仕様を守ることで構造の安全性が確保できるというのが「建前」で、その時施工に関わった大工さんによって建て方が異なるような、最低基準さえクリアしていればOKの時代が長く続きました。しかしそれではいけないということで、基準法より高い構造安定性能を示す基準「住宅性能表示制度」が平成12年度より創設。そして平成21年度には「長期優良住宅の認定制度」が創設され、住宅性能表示制度の基準を引用・住まい手への普及が本格化されていったのです。基準法と長期優良住宅を比較すると、壁量は基準法の1.25倍。基準法にはそもそも定められていない、水平構面がどの位の強さを持つかを倍率で表した床倍率や、接合部には、金具の仕様まで細かく決められています。
そして肝となるのが壁倍率です。倍率1とは、壁の水平長さ1m当たり1.96KNを負担できるもの。<壁倍率=P(a KN)×1/1.96×低減係数α×1/L>という計算式を用いますが、低減係数α(0.6〜1.0)に関する項目はほとんどが釘のせん断抵抗でほぼ決まります。つまり、釘を打てば打つほど強い壁ができてしまうのです。建築物の主体構造として,荷重や外力に対して有効にはたらく耐力壁ですが、真壁仕様、大壁仕様に加え、石膏ボード床勝ち仕様などというものも昨今追加されました。「国土交通省大臣認定」ということで、ホームページに一覧表が掲載されていますが、更新制度がないために現在も売られて(使用されて)いないものも載り続けています。一般診断法での壁基準耐力ということで、耐力壁仕様というのは5cmくらいの釘を15cmピッチで打って、柱と壁を貼り合わせること。準耐力壁仕様は長さ3cmくらいの釘を使います。また、図3にあるように12o合板で耐力壁での壁基準耐力も大臣認定で出てきており、このような壁基準耐力が定められています。(図3)
また、基準法の46条には、偏心率法という考え方が載っています。0.3以下の偏心率計算の必要の有無は、「4分割法の壁率比がNGで、なおかつ壁量充足率がすべてOKでない場合に行うこととなっている」、とありますが、木造の診断上、偏心を考えてやりましょうという概念です。しかし、今の基準法に則った考え方においては、通常の平面を4分割して両サイドの壁を中心にバランス設計しましょうという4分割法が採用されています。
木造の場合は一般診断法というものがあり、壁を主な耐力要素とした住宅を主な対象とする方法1、太い柱や垂れ壁を主な耐力要素とする伝統的構法で建てられた住宅を対象とする方法2の二つのやり方があります。方法1について解説すると、一般診断法では住宅を総2階・総3階と想定して必要耐力を算出しているため(見上げ面積)そうでない住宅の必要耐力は大きめに評価されることとなります。部分2階や部分3階の時は精算法(各階の床面 積を考慮した算出法)を用いて必要耐力を低減してもよい、とされているのです。また、方法2の伝統工法の方には特殊事例があり、方法2は柱や梁で建物を維持するために、柱サイズが小さいと柱折損などの懸念があるため限界耐力設計も視野に入れしっかり測ること、とされています。また、原則は適用範囲外の増築部が別棟とできるかどうか、一体性が期待できるかどうかも併せて検討しなくてはならないところが難しいところでもあります。
加えて、201(4 平成26)年に改定が行われた「木造住宅の耐震診断と補強方法」では「従来の工法である筋交いや構造用合板の耐力壁など、その性能が明確になっている耐震補強方法では、一般診断の結果を受けて耐震補強設計を実施することも可能とする」となっています。精密診断をするには、住人にとっては負担が大きいため、安全率の高い一般診断法による設計を行い、改修工事を行われることが多いのが実情です。

■覚えておきたい補強案のポイント 
これは私の個人的な見解でもありますが、補強案のポイントとしては「財産を守るため」ではなく「命を守るため」といつもお客様に伝えています。その中で、避難をどのようにスムーズにできるかをポイントにしており、つまり、本震が収まるまでは維持できる建物という発想です。
図4に補強案のポイントをまとめていますが、建物の四隅を補強すれば大丈夫なんじゃないのか?と安直に考えがちですが、荷重条件としては1/4しかのっていないのであまりに強すぎると引き抜き抵抗が大きくなるため、複数の壁を補強してあげることが大切です。また、昨今は開口部の多い開放的な家も多く見受けられますが、開口部を多くとるとしまうと耐力評価できないので、評価できる開口部の壁長は3mを上限とする、など、ここにあるポイントを理解しておけばいいのではないかと思います。

■事例紹介
図5は住吉区にある耐震化した事例です。1階が駐車場というよくあるパターンです。車庫の間口に壁部分がほとんどなく、2階も乗っているため揺れによって潰れてしまう可能性があると診断されました。しかし壁にしてしまうと車を駐車できなくなります。そこで、白蟻と腐朽の被害の改修、門型フレームを使った補強を行いました。また、実はこの建物はもともと4軒長屋の一番端だったそうです。内部では真壁と大壁仕様の折衷仕様となっていました。また、増築もなされているため、屋根部分も大変複雑でしたので、そこも併せて整えました。

■ひとりでも多くの命を守るために
約10年前から耐震化事業に関わる中で、法律等も移り変わってきていますが、単に耐震化だけではなく、省エネやバリアフリー、空き家対策など、さまざまな要素と複雑に絡み合っています。
日本建築材料協会のみなさんには、ぜひ簡単に耐震化ができる材料を開発していただき、耐震化が手頃で楽にできるようになるとありがたいなぁと思います。それから、建築の構造設計の先生方は、鉄骨などのRC構造などは詳しい方が多いのですが、木造に精通する方が非常に少ない。その上、古い木造住宅の構造を理解できる技術者(職人さん)も高齢化によりどんどん少なくなっています。否定するわけではありませんが、在来木造についての知識のない大工さんが増えており、それではこれから先、今、日本にある住宅の耐震補強はおろか、維持管理していくことさえ難しくなっていくのではないかと感じています。教育という観点から技術の継承も大事だと思いますが、間近に迫っている巨大地震に対する対策はすぐにでも行わなければなりません。ぜひ皆さんもこの木造建築を取り巻く現状についてお考えいただければと思います。 
私はもちろんですが阪神淡路大震災のことは、未だに忘れることはできません。震災発生直後には、応急危険度判定をするために倒壊、半壊、様々な物件を見させてもらいましたが、確かに昭和56年以前の木造建築の被害事例をたくさんこの目で見て、そのもろさは身にしみてわかっているつもりです。
その点、地震が頻発しているからか東日本大震災では地震による建築物の倒壊はやはり少なく、被災地で1カ月ほど滞在し、さまざまな建物を見てきましたが、ほとんどが津波、または地滑りによる被害だったことは、阪神淡路大震災と大きく異なる点かもしれません。
阪神淡路大震災を経験しているにも関わらず、大阪市民の認識の薄さには危惧しています。東日本大震災の津波の衝撃からか、震災直後は実際に耐震診断中の方から「津波がきたらどっちみち一緒なので、やらなくていい」と断られました。しかし、耐震補強がされていないと、津波が来る前に死んでしまうのです。
我々は、とにかく一人でも多くの命を助けることが使命です。引き続き、市民のみなさんへの意識付けをがんばっていきたいと思うところです。
 


「木造住宅の耐震設計」
 日本パワーファスニング
  マーケティング部 担当部長 那須 成秀 氏
  マーケティング部 担当課長 長谷部 優 氏

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那須氏資料はこちら(PDFデータ)

長谷部氏資料はこちら(PDFデータ)


■阪神淡路大震災被害調査の結果から見えるもの
震災直後、一般社団法人であるJCAA(日本建築あと施工アンカー協会)が被害調査委員会を立ち上げ、調査を行いました。結果が図1にありますが、震災時の「あと施工アンカー設計・施工の欠陥被害」としては、埋め込み不足によるもの、拡張不足によるもの、アンカーそのものの破壊によるもの、へりあき不足によるものの、4つがその要因とされています埋め込み不足と拡張不足、つまりアンカーの施工不良による要因は62%と半分以上を占めています。埋め込み不足については、当時アンカーの理論がきちんと広まっておらず、施工業者がよくわかっていなかったことが一番の理由と考えられています。また、拡張不足については、金属拡張アンカーはコンクリート孔内で拡張することによって強度を発揮するにも関わらず、スリーブ打ち込み式などは、所定の穿孔長より若干深めに穿孔し、スリーブが打込み易いように施工してしまい既定の応力をコンクリートへ与えられず強度不足となったと推測できます。
次に、アンカー破壊とへりあき不足について、あえて設計ミスと書きますが、特に金属拡張アンカーの施工位置に対して取付け物との取合いの関係で、やむを得ずアンカーボルトを曲げてしまうことが原因でアンカーの拡張部位周辺のコンクリートが壊され本来の強度が出せなくなってしまいます。
また、コンクリート端部にアンカー打設する際には、そのアンカーの拡張原理を理解し打設位置を決める必要がありますが、打設時にコンクリート表面的にはクラックが無くとも拡張部位には大きな応力を与えており、ミクロなクラックがあると考えられます。そこに突発的な動荷重などの外力がかかりコンクリートが破壊しやすくなります。これらは、コンクリート端部への施工におけるアンカー強度の低減係数や各種アンカー特有のへりあき寸法についての知識不足による不十分な設計とも言えるのではないでしょうか。
今、日本ではどんな拡張原理のアンカーを使っても、アンカーの耐力は埋め込みの深さに比例する、と考えられていますが、この場合、アンカーの拡張原理は無視されています。昨今、アンカーの種類がどんどん増えている中、従来の計算式で算出するのは適さないのでは、と思っています。アンカーの平均耐力は種類によってまちまちです。アンカーを考える際には、標準偏差をとる、特性を考えて設計することが重要ですが、まだまだあと施工アンカーに関しては海外に比べると日本は遅れていると言わざるを得ません。

■なぜ知識不足が起こるのか
先に述べたいずれの被害要因も、図1にまとめたように、「あと施工アンカー」に対する知識不足が原因と言えるでしょう。そもそも、なぜ知識不足が起こるかというと、1914年に日本で最初に「あと施工アンカー」の特許を取得したのは、日本人ではなくアメリカ人でした。「あと施工アンカー」が多くつかわれるようになったのは約50年前の1964年、前回の東京オリンピックの関連工事からですが、残念ながら「あと施工アンカー」はモノとして入ってはきたものの、理論そのものが日本には入ってきませんでした。現在では、JCAAが軸となり、定義付けや技術認定制度等を設け、業界全体でスキルアップを目指しています。

■あと施工アンカーの分類と進化
日本における「あと施工アンカー」は、金属系アンカー、接着系のアンカー、その他のアンカーと、3つの種類があります。金属系のアンカーは、打込み方式のアンカーと締付け方式に分類されます。そして、打込み方式を例にあげると、さらに拡張子打込み型・拡張部打込み型、そして芯棒打込み式、内部コーン打込み式、本体打込み式、スリーブ打込み式と、どんどん細かく分類されていきます。
まさに今の日本を造ってきたのは打込み方式のアンカーですが、近年では締付け方式が主流になりつつあります。打込み方式のアンカーは、大きなハンマーを使った打撃によって拡張部分を広げる仕組みで、どうしてもコンクリートに大きな負担をかけてしまいます。しかし、アンカーの強度とは、コンクリート強度そのものを如何に発揮させるかでありコンクリート強度そのものとも云えます。
図2は、アンカーの進化です。約20年ほど前から国内でも締付け方式(図2の進化の3番目)タイプのアンカーが海外から入ってきました。締付け方式のアンカーは、ナットまたはボルトを締付けることでボルト軸力(プリテンション軸力)を発生し、拡張部位(図2:ウェッジ)を拡張させます。このタイプは拡張力が小さいため、母材への負荷を小さくできます。よって、母材本来の強度がアンカー耐力として働き母材に優しいアンカーなのです。
更に、ここ半世紀のアンカーの進化を図2に示す各アンカーの穿孔径で比較する事が出来ます。アンカー呼び径をM1(2 12o)と仮定すると左から17o→12.7o→12o→11oとなります。一番右のスクリュータイプはアンカー呼び径より細い下穴で、従来製品のどのタイプと比較しても施工性が向上し拡張部位が無いので、母材への負荷も最小限となります。つまり、アンカーは確実に施工性の点からも進化していると言えます.

■曖昧な施工管理からの脱却
これまでの施工管理は、音や手ごたえ等、非常に曖昧でした。図3にあるように打込み式は職人的感覚に頼った大変分かりづらい指標で施工完了がなされていましたが、締付け方式になったことで施工管理もしやすくなっています。今後、スキルや長年の経験値が必要なアンカーは淘汰されるでしょう。我々も施工管理のしやすいもの、そして施工性に優れたもの、が商品開発の必須テーマとなっています。誰がやっても見てもすぐに施工法が分かるシンプルさと施工のしやすさは人的エラーを減らします。そして今後も、「あと施工アンカー」はさらに進化を続けることでしょう。

■なぜ耐震改修が進まないのか
先に水谷先生から、「木造住宅の耐震改修がなかなか進まない」というお話がありましたが、私も設計事務所などを回って、その理由を探ってみました。「きっともう大きな地震はこない」「どうせならキッチンやバスなどをリフォームしたい」といった声や、特に耐震改修を必要とする木造住宅に暮らしていることが多い高齢者からは「家に他人を入れたくない」「情報がない」などの理由が見えてきました。しかしながら、最も大きな問題はコストと言えるでしょう。それをブレイクスルーするためには、行政が用意している助成制度をより広く知らせることや、材料費や人件費に関してより低コストでできる材料を、建材メーカーが開発して普及させる。また、たとえば壁を取り去って大きな窓を作り「お金をかけた意味があるな」と実感しやすい仕掛け・施工を、耐震改修と併せて行うなど、何らかの仕掛けが必要であると考えます。

■工法の提案
例えば、私たちは低コストで開口部を広く取りやすい「耐震壁工法」を提案しています。これは、市販の構造用合板を弊社の「モックスねじ」という耐震補強用ねじで柱、梁、土台に固定するだけの工法で、片側のみの施工でよいため施工時間が短縮され、材料コストだけでなく人件費も削減されます。
また、壁倍率5倍の認定を取得しているため、開口面積を広くとる事も可能です。ちなみに、ねじを打つピッチをかえれば、3.6倍に壁倍率を弱めることも可能となっています。

■耐震壁土台と基礎の締結
本来入っているべきアンカーボルトが入っておらず、必ずしも土台と基礎がしっかり繋がっていないなどということもあります。そんなときには、一般的には図6にあるように接着系アンカーで土台と基礎を繋ぎます。
図6左側はガラス管に入った接着系アンカーで、ガラス管の中には2種類の薬品が入っています。これをコンクリートの穴に挿入し、ボルトを回転打撃することによってその2種の薬品が混ざり合い、化学反応で固まり始めるという仕組みです。接着系アンカーとひとまとめにしても様々な種類があり、強度が異なりますが、いずれも主剤と硬化剤を一定の比率で混合するものとされており、正しく施工すれば高い性能を発揮します。しかし、接着系アンカーは施工が非常に複雑です。例えば、最初に開ける穴の掃除、穴の深さとボルトの埋め込みの深さ、撹拌の仕方などで強度に大きな差とバラつきが出ることがあります。

■さまざまな工法の一長一短を見極める
そこで、接着系アンカーの代わりになり得ると期待が高まっているのが図7にある「ねじ固定式アンカー」です。施工はまず土台に穴をあけ、続いてコンクリートにφ11.0のドリルで穴をあけ、粉が中に残らないよう穴の掃除をしてから、タップスタッドをインパクトドライバーを使用して穴にねじこめば施工完了です。外径12.5のアンカーをφ11の穴径に無理やりねじこませて固着します。このタップスタッドの固着原理はこれまでの金属系アンカーに用いられてきた「拡張式」とは全く変わってきます。

■今後のテーマ
今回の報告は、せん断荷重に対するデータについて何もできていませんが、今後は、へりあき不足における性能評価も行っていきたいと考えています。また、低強度コンクリートにタップスタッドを施工した場合の性能評価についても、研究を進められたらと考えています。


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