■スマートウェルネス住宅事業の始動
今回国交省が展開を始めた「スマートウェルネス住宅事業」。スマートウェルネス住宅とは、高齢者、障害者、子育て世帯等が交流し、安心・健康に暮らすことができる住宅のことです。これに本年度340億円の予算が付いていることは注目に値します。スマートウェルネス住宅は、住まいと省エネを目的とした「スマート」に加えて、安全と安心と健康を担うものだ、と定義してもいいでしょう。
補助対象となる事業として、まずサービス付き高齢者向け住宅の整備事業(以下、サ高住)。これはサ高住および高齢者支援施設の建設ならびに買い取り費です。買い取りとは、現状使われているものを買い取って支援施設にすること。そして共同住宅の共用部分、加齢対応構造等及び高齢者生活支援施設の改良による整備費によって高齢化対応を進めるということです。
次にスマートウェルネス拠点整備事業では、住宅団地等における高齢者生活支援施設・障害者福祉施設・子育て支援施設の建設・買い取り・改良費に対する補助。
三つめのスマートウェルネス住宅等推進モデル事業。これは高齢者、障害者、子育て世帯の居住の安定確保及び健康の維持・増進に資する先導的な事業に補助金が出るというものです。
要約すると、まず1つ目に高齢化社会への対応、サ高住の拡充など、2つ目に子育ての支援で地域拠点の整備。これが少子化対応ですね。そして3つ目の健康維持増進住宅の推進ですが、実はこれ、断熱リフォームの普及あるいは健康エビデンスの充実というアクションがとられることになっています。この3つでこれからスマートウェルネスが進んでいきます。
今、私が直接関わっているのが3つ目です。この事業では公募もかかっています。各都道府県の地域協議会で選ばれ、これらを中心としたアクションがとられていきます。スマートウェルネスにおける健康実証調査モデル特定事業として、具体的には断熱リフォームをします。そのビルダーを中心に断熱リフォームを実施してこれに最大100万円の補助が出ます。断熱リフォーム前後の環境、屋内環境の調査と居住者の健康モニタリングも、医療と建築の専門家で行います。本年度は800件あり、来年度、再来年度とどんどん増え、1万件か10万件か、それくらいのトライアルをする壮大なプロジェクトの第一ステップとなります。(図1)
「健康」は通常、厚生労働省の範疇であって、国土交通省というのは建物だけつくって省エネで頑張ればよい、というような状況だったわけですが、そこへ明確に健康の維持増進というキーワードが入り込んできました。特に今回は医療の専門家と厚生労働省ともタッグを組み、エビデンス収集を行います。(図2)
■“これからの住宅=スマートハウス”ではない
省エネ住宅の三つの基本方策は「躯体の断熱強化」「設備機器の高効率化」「再生可能エネルギーの導入」です。高断熱化というパッシブ技術と、機械化というアクティブ技術がせめぎ合う状況です。機械化は目に見えるので分かりやすい技術ですが、高断熱化はユーザーにとっては見えにくくなってしまいます。さらには日本独自の「みんなでがまんして急をしのぎましょう」という考え方がまだあります。(図3)
住宅はパッシブハウスからスマートハウスに変わりつつあるというイメージがありますが、それは間違いです。スマートハウスは建築以外のさまざまな業界が新しい市場のネタとしてつくり、それに新しい物好きのハウスメーカーが飛びついた結果として大きく関心を集めました。しかし決してすべての住宅がそうなるわけではないということを強く申し上げたいのです。
そもそもパッシブとアクティブは対立概念ではなく二つの軸です。高断熱住宅をベースにしたスマートハウス、というイメージだけが語られますが、実際には断熱性能を高めるなかで、少しだけ機械を使うパッシブな住宅もあります。スマートとパッシブ、二つのビジョンで無限の組み合わせが広がります。ところがスマートハウスだけがこれからの住宅ですよ、というイメージが先行したせいで、住宅が誤った方向に向かっている気がします。住宅は人が住む場所であって機械の置き場じゃないんです。(図4)
日本の場合、そもそも断熱はいらない、日本の住宅に向かない、という考えが根強いです。「夏をもって旨とすべし(住まいは夏の暑さ対策を基本につくれ)」という表現が今でも語り継がれています。死亡率の変遷という現実をみると、社会は大きく変わっていることが分かります。昔の日本は夏に最も死亡者が多かったのが、最近になるにつれ冬の死亡者が最も多くなってきています。欧米諸国でもほぼ同じような形で推移します。アジア、アフリカでは今でも夏の死亡者が多い。夏に多いのが古いパターン、冬に多いのが最近のパターン、この二つに大別されます。冬に多いパターンは経済発展国です。カナダ、スペイン、日本は「冬型」ですね。つまり冬にリスクが高まるのです。
明らかな季節間変動が出る疾患がありますが、このような冬型のカーブを描きます。冬のヒートショックのイメージは、心筋梗塞、脳梗塞などの循環器系の疾患です。(図5)
不慮の事故による死亡者でもっとも多いのは家庭内の事故です。これが増加する一方で、交通事故による死亡者は減少しています。しかし外より家の中のほうが危ないという認識を私たちは全く持っていません。家の中は外の3倍のリスクがあるということをしっかり認識すべきです。家庭内の不慮の事故には明らかに冬のリスクが現れています。昔と今で状況が変わったのです。冬のリスクに対する備えをなぜしないのか、今問われ始めています。
わが国では、医療費は増加の一途をたどり、年間1兆円上がっているという大変な状況です。行政でも、従来の治療をベースにした医療体制から予防をベースにした医療体制に変えていく必要があるとしています。現在、日本のお金の使い方は、治療98%、予防2%です。せめて半々くらいまではもっていく必要があるでしょう。「食べ物、運動、生きがい」は長寿3要素といわれますが、もう一つ環境、具体的には住宅という要素が忘れ去られています。スマートウェルネスはまさにこの部分が大きな狙いかと思います。
■省エネ&健康のためには断熱性能の向上が必要
私たちが以前から手がけていた調査の概要です。2002(平成14)年から2008(平成20)年の期間で高断熱の新築戸建て住宅に引っ越した方々を対象とした調査で、最終的には2万4千人になりました。転居後の新築の断熱性能を等級3(G3)〜5(G5)に分けています。いずれも症状に大きな改善効果がみられました。断熱性がかくも住まい手の健康改善に大きな影響を及ぼすのだということがデータからみてとれます。(図6)(図7)(図8)
お風呂のヒートショックも確かに健康面で悪影響ですが、夜中に起きてトイレに行くという単純な行為も実は大変危険なのです。寝具内の温度と、寝室やトイレの温度差は20℃近くになるからです。トイレの場合寒くてもがまんするわけにいきません。そこに大きなリスクがあります。このようなことも含めてこれから健康改善を考えれば、冬のリスクが大きく低減できるはずです。合理的に温度を上げるには断熱性の強化しかない。省エネ、ゼロエネのため、かつ健康改善のために断熱性能を上げるのは非常に重要だと思います。
G3からG4で改善率は増加しており、G4からG5ではもっと大きな効果が現れます。G5は次世代省エネルギー基準ですが、健康を考えるとその程度で満足してはいけません。より断熱性能をあげるべきです。(図9)
海外ではリサーチがかなり進んでいます。例えばイギリスの住宅の健康安全性評価システムは世界の先進的な事例として非常に価値あるものです。年間50万件のデータを直接分析し、居住者の健康・安全の観点からリスクが高いと判断された建物に改善命令が出るという興味深いシステムです。ニュージーランドやアメリカでも興味深い調査事例やレポートがあります。
■断熱改修によって住まいのストレスを改善
WHO でも2009(平成21)年に大きなレポートが出され、「低温は人体の健康に障害をもたらす」と明記されています。日本の医療業界でもそう扱われていますが、住宅と温度の関係は医者の領分でないため、言及されていないのです。健康というキーワードを新たにとらえ直すべきでしょう。スマートハウスとパッシブハウスは二つの軸であると言いましたが、これはエネルギーの話で、安全性、健康性の観点を加えると大きく変わってきます。健康安全リスクの低減はパッシブ性能に期待され、徐々にシフトする傾向にあります。
新築で断熱化するのは容易ですが、既存住宅をいかにして断熱改修するのか。家全体を新築同様に断熱改修するのはビジネスとして成り立ちにくく、そもそもニーズも少ないと思われます。そこで、例えばリビングや寝室、部屋と部屋をつないだゾーンとして断熱改修すればいいと考え、ある80代後半の女性の家で、1階のLDK、廊下、風呂、トイレを一つのゾーンとして断熱改修しました。
改修前、何も不便はないし特にがまんもしていないとおっしゃいました。改修前後で運動量などのデータを取って分かったことは、前は比較的不規則な生活だったのが、改修後は非常に安定した生活になったことです。そして夜のトイレの回数が増えました。以前は寒いからできるだけがまんしていたのですが、以後は目が覚めるとためらわずにトイレに向かえるようになったというわけです。印象的だったのは、その女性が断熱改修後に、自分はやっぱりいろいろがまんしたり、やりにくさを感じたりしていたようだ、とおっしゃったことです。
日本のお年寄りは非常にがまん強い生活を送ってきたため、慣れてがまんしているという認識がないのです。それが断熱改修でストレスの少ない生活になったら、以前がしんどかったと分かったわけです。このトライアルではいろいろなことを学び、たくさんのヒントを手に入れました。断熱改修はスマートウェルネスの一つの方策ですが、これによって高齢者の暮らしが実際におっくうでなくなります。自由度が増すのは素晴らしいことだと思います。
■低温は万病のもと?健康と安全のための高断熱住宅
スマートウェルネスという大きなテーマのなかにおいて、健康な生活をもたらす家ができるということをしっかりと考えていく必要があります。反対に、不健康な生活になる家もあるわけです。見かけの性能にとらわれた家はもしかしたら不健康をもたらすかもしれません。今、「低温が万病のもと」であることをさまざまなデータが物語っています。「寒さが万病のもと」は違うと思うのです。「寒さ」は認識しても、「低温」は認識していない場合があります。どうやら温度が低いというだけで病気に至る可能性が高くなるようです。
だから「夏をもって旨とすべし」といつまでも言っている場合ではありません。言いたければ勝手に言えばいいわけですが、先ほどのようなデータを見た上でなお「夏を〜」なんて言う人はただの馬鹿です。そのリスクの大きさをよく考えたうえで判断するべきだと思います。
健康と安全のための高断熱住宅は、決して見えない価値ではありません。ここでこうして聴いていただくだけで皆さんにとって大きな価値があるということがお分かりいただけると思います。「これからの住まいはパッシブ化だ、スマート化だ」といった言葉にあまり惑わされないようにしたいものです。もちろん利用するのはいいと思いますけどね。どんどん利用すればいいのですが、決してだまされては駄目です。無駄を省いてがまんはしない。おっくうでない生活を誰もが送れること。これはスマートウェルネスのもっとも大きな目標なので、それを実現化する調査がすでに今回始まりつつあるわけです。従来の延長かもしれませんがいろんな考え方を変えていって、それに合わせたビジネスの展開を考えていく時代がやってきたのではないかと思います。
|