■将来的にはM9クラスの地震が予想されている
近年の地震発生状況をご覧ください。気象庁のホームページから引用していますが、左が199(6 平成8)年から200(5 平成17)年までの10年間、右が200(6 平成18)年から昨年の4月までの発生状況です。このように、地図にプロットすると日本各地で地震が発生しているということと、震源の深さが浅い地震が多数発生していることが見てとれます。(図1)
「文部科学省地震調査研究推進本部のホームページ」によりますと、将来的にも日本各地で地震の発生が予想されています。特に南海トラフ巨大地震ではマグニチュード9クラスの地震が予想されており、30年以内の発生確率は60%〜70%といわれています。
■幾度もの改正が重ねられてきた建築基準法
建築基準法は1950(昭和25)年に制定され、地震被害を受けるたびに改正を重ねてきました。(図2)
1978(昭和53)年の宮城県沖地震を契機に2次設計の導入や、木造建築物の必要壁量の基準強化などを柱にした新耐震基準を1981(昭和56)年に導入しています。1995(平成7)年の阪神淡路大震災では、新耐震基準以前の建築物を中心に倒壊・崩壊の被害が多数発生しました。この年、耐震性能の低い建築物の耐震改修を促すために、多数の者が利用する建築物への指導・助言や指示を行うことや耐震改修計画の 認定制度を盛り込んだ耐震改修促進法が制定されました。
2006(平成18)年には耐震化率の目標を導入、指示に従わなかった場合にその旨を公表するなどの改正が行われています。その間に構造計算書の偽装問題が発生し、構造計算適合判定制度の導入、構造計算基準の明確化など、建築確認や検査の厳格化も行われました。
■許容応力度計算と保有水平耐力計算
一般的な建築物に関し、地震により建築物に働く水平方向の力と変形の関係をモデル化した図を示します。(図3)
弾性域では加わる力に比例して変形が大きくなります。地震力が除かれると各構造部材は元の状態に戻るので、建築物は無被害で損傷は生じません。許容応力
度計算では、震度5程度の中規模地震で建築物の各部
分に生じる力が、弾性域の限界値である許容応力度を
超えないことを確認しているものです。
また、弾性域の範囲を超えると、わずかな力の増加
でも大きな変形が生じます。この領域を塑性域と呼び、
塑性域に達すると地震力が除かれても、完全に元の状
態には戻らず、各構造部材には変形や損傷が残ります。
一般的に建築物は多くの構造部材で構成されており、
一部の部材が塑性域に達してもすぐに崩壊はせず、少
しずつ様々な構造部材が損傷を受けることにより地震
のエネルギーを吸収し、それに耐えることができます。
損傷を受けながらも耐えられる限界を計算し、その限
界が震度6強から7程度の大規模地震動で建築物に生じ
る力を超えることを確認するのが保有水平耐力計算や
限界耐力計算と呼ばれる設計手法です。
阪神淡路大震災では、死亡者の約9割が家屋や家具倒壊による圧死でした。建築物の被害は、198(1 昭和56)年以前、すなわち新耐震基準以前の旧耐震の建築物に集中していました。「軽微・無被害」の割合が旧耐震以前のものでは34%、新耐震基準を用いたものは75%でした。旧基準と新基準、両者の間で約40ポイント以上の改善がみられたので、198(1 昭和56)年の基準法改正は建築物の安全性確保にかなり奏功したといえます。
■耐震改修促進法改正の背景と概要
耐震改修促進法は199(5 平成7)年に施行され、都道府県あるいは市町村において策定された耐震改修促進計画に基づき、建築物の耐震化を推進してきました。2005(平成17)年、中央防災会議で「地震防災戦略」が策定され、住宅および多数の者が利用する建築物の耐震化目標を、201(5 平成27)年までに90%にすると設定しました。200(5 平成17年)時点ではおよそ75%だったので、10年間で約15ポイントアップする目標設定でした。
ところが2008(平成20)年時点で住宅が約79%、多数の者が利用する建築物については80%の耐震化率にとどまり、達成すべき数字に対して約2ポイント下回っていました。さらなるてこ入れの必要性を感じていたところに、2011(平成23)年3月の東日本大震災が発生し、建築物に甚大な被害が生じたため事前の備えとして建築物の耐震化を着実に進め、人的・経済的被害を可能な限り軽減する必要性が再認識されたところです。また近い将来発生が予想されている南海トラフ巨大地震による被害想定が公表され、東日本大震災を上回る被害が発生することも確実視されています。以上のことより耐震化促進のための規制強化、円滑な促進のための措置および支援措置の拡充により耐震化を促進することが喫緊の課題と言えます。
改正点の概要の1点目として、指導・助言の対象を拡充しました。住宅や小規模建築物を加え、全ての既
存耐震不適格建築物が対象となっています。
また2点目として指示・公表の対象に都道府県または市町村が指定する避難路沿道建築物も加えています。3点目として耐震診断の義務付け及びその結果を公表することが新たに設けられました。(図4)
また、円滑な促進のための措置として建ぺい率・容積率の特例措置の創設、区分所有建築物の大規模改修を行う場合の決議要件の緩和ならびに耐震性に係る表示制度の創設を行いました。
■住宅・建築物の耐震改修への支援制度
住宅や建築物の耐震改修にかかる支援策は、住宅建築物安全ストック形成事業として、民間の建築物の場合、耐震診断は国と地方公共団体が1/3ずつ合計2/3の交付率で支援してきました。耐震改修や建替えなどは、建物の種類によって国と地方公共団体で合計で2/3、または23%の交付率で支援してきました。今回、耐震対策緊急促進事業を創設し、民間の義務付け対象建築物に対しては、国による補助が耐震診断で1/2、耐震改修で2/5または1/3まで助成可能になり、重点的緊急的に支援することとしました。
診断が義務づけられる地方公共団体の建築物に対する補助率の拡充も201(3 平成25)年度補正予算で行われています。また、201(4 平成26)年度当初予算でも耐震診断・耐震改修等に係る支援措置の充実と、天井ならびにエレベーターの改修に対する支援の推進および超高層建築物の長周期地震動を踏まえた改修に対する支援の創設を行っていきます。
その他、法人税、所得税、固定資産税を対象とした税法上の特例措置も講じられます。
■いろいろな耐震改修工法について
事例として多い耐震改修が耐震補強です。これは壁の補強として鉄骨のブレースやRC造の耐震壁を新設
する工法です。その他、柱単体の補強工事として鉄板巻き補強や連続繊維巻き補強の他、建物の外側にフ
レームを取り付ける外付けフレーム工法等があります。
制震ダンパーなどの制震装置によって建物に伝わる地震力を軽減する補強方法が制震補強です。新設する鉄骨ブレースに制震ダンパーを組み込んだり、外付けフレーム工法のブレースに制震ダンパーを組み込んだりと、複数の工法を組み合わせた改修工事も行われています。免震補強はアイソレータという免震装置を建物の下や中間階の柱の途中に設置して地盤から伝わる地震力を軽減する方法です。この中之島中央公会堂もこの工法によって補強されている建物です。
耐震診断の費用について、一般的な例を紹介します。延べ面積が3,000u未満の建築物では1uあたり約3,250円、また3,000u〜5,000uの場合は1,450円程度、5,000u以上で1,100円程です。規模が大きくなるほど単価は安くなりますが、最小値〜最高値までの幅が非常に広いので、あくまで目安ととらえてください。
■天井脱落対策にかかる基準整備について
天井脱落に関してはこれまで大規模空間を持つ建築物の天井の崩落対策を進めてきたところですが、201(1 平成23)年の東日本大震災とその余震で体育館・大規模ホールなど多数の建築物で天井が脱落し、大きな被害が発生しました。このことに鑑みて同年、建築基準政令促進事業により、国土技術政策総合研究所に設置した建築構造基準委員会の技術制的検討に基づき、201(2 平成24)年7月、建築物における天井脱落対策試案がとりまとめられ、関連告示が制定・改正され本年4月1日に施行されます。
脱落によって重大な被害を生じるおそれがある天井を、「特定天井」と定義しています。構造上安全な天井の構造方法として、一定の仕様に適合するものを「仕様ルート」、計算で構造耐力上の安全性を検証するものを「計算ルート」並びに国土交通大臣の認定を受けたものを「大臣認定ルート」と称し、要件を定めています。(図5)
■吊り材、斜め部材など、仕様ルートの部分モデル図
特定天井の構造方法の一例として、仕様ルートにおける技術基準の概要を紹介します。一般的な吊り天井は1uあたり20kg程度までのものが多く、単位面積質量が大きくなるほど脱落時の危険性が増大することから、仕様ルートで設計できる範囲はこれを上限とします。20kg/uを超える天井は計算ルートまたは大臣認定ルートを用いて構造耐力上の安全性を検証することにより設置が可能です。天井材の緊結は、天井下地材や斜め部材として用いられる薄板の鋼材は、溶接で十分な耐力を確保することは難しいため、現場溶接による接合を禁じています。
また吊り材はJIS A6517。201(0 平成22)年に定める吊りボルトの規格に適合するもの、またはこれと同等以上の強度を有するものとしなければなりません。吊り材および斜め部材の取り付けに、後施工アンカーを使用する場合は金属系アンカーに限定しています。これも吊り材全体の3割以下の範囲で1カ所に集中しないように使用することを原則としています。やむを得ずこれに依りがたい場合は打音検査等のほか、その1割以上について引張試験を行うなど施工管理の徹底を図る必要があります。
吊り長さは3m以下とし、おおむね均一とします。斜め部材の配置は、2段ブレースは吊りボルトに圧縮力などの複雑な応力が作用するため、原則採用できません。天井面構成部材と壁との間には6cm以上のクリアランスを設け、天井面構成部材がクリアランスを介して隣接している場合には、そのクリアランスは12cm以上とする必要があります。(図6)
天井基準関係は、一般社団法人建築性能基準推進協会のHPで各種データが公開されています。
■昇降機の地震に対する脱落対策について
東日本大震災でエレベーターの釣合おもりの脱落や
レールの 変形が多数発生しました。これを受け、地震
その他の震動に対する釣合おもりの脱落防止ならびに
主要な支持部分の構造上の安全性に関する政令などが
改正され、本年4月1日に施行されます。従前のエレ
ベーターの地震対策はかご・釣合おもり枠の脱レール
防止、主索の外れ防止、駆動装置・制動装置の転倒防
止などについて規定されてきましたが、釣合おもりの
脱落防止・主要な部分の構造上の安全性に関する規定
がありませんでした。そこで今回、釣合おもりの脱落
防止および主要な支持部分の地震に対する構造計算の
基準を規定しました。ほかに昇降路・制御装置および
安全装置について、安全上支障のない構造方法を定め
る告示も併せて公布されています。
住宅建築物安全ストック形成事業の拡充では、補助対
象の追加拡充するとともに、本年4月の消費税率引き上げ
に伴う補助対象限度額等を引き上げるなど、エレベーターの防災対策改修に対する支援も追加し、利用者の安全確保と住宅・建築物の耐震化を引き続き推進します。(図7)
■エスカレーターの脱落防止措置に関する技術について
エスカレーターの脱落対策も改正政令、告示ともに本年4月1日に施行されます。エスカレーターの構造方
法には「仕様ルート」と「特殊検証ルート」があります。仕様ルートには端部に十分な「かかり代」を確保する「対策1」と、かかり代によらない脱落防止装置(バックアップ措置)を講じる「対策2」があります。対策1のかかり代は中規模地震時の層間変形角の5倍の層間変位+20mm以上を原則としています。建築物の変位を構造計算によって確かめた場合は1/100を下限に緩和できますが、層間変位によりトラスが圧縮を受けないようすき間を設ける、非固定部は層間変位に対して支障なく追従できること、固定部は地震に対して破断が生じないようにする必要があります。
対策2は昇降高さ×1/100+20mm以上のかかり代を設けた上で、かかり代によらないバックアップ措置を講じるものです。バックアップ措置の具体例として、下階の床から支持柱を設ける、鋼材・ワイヤロープなどで支える、上階の梁からワイヤロープで吊るなどの措置が考えられます。バックアップ措置は原則エスカレーターを落下させずに支持して、層間変位に追従するものとし、すき間、非固定部・固定部の強度は対策1と同様にする必要があります。エスカレーターが床、地盤上に自立する構造の場合など、エスカレーターが脱落するおそれがないことが明らかな場合には、技術基準の適用範囲外ということになります。
今回ご説明しました耐震改修促進法については、パンフレットも作成していますのでぜひご覧ください。
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