■色彩の景観行政は難しいか?
景観行政にとって、色彩はずっと難問でした。2004(平成16)年、景観法施行の直前に、全国の自治体に対して「景観行政を行う際に一番重視していること」という景観アンケートをとりましたが、非常に多かったのはやはり色彩の問題です。いくら言っても聞いてもらえない、どう捉えたらよいのか分からない、という行政側の声がたくさん聞かれました(図1)。
私自身の経験でも、1991(平成3)?1992(平成4)年ごろから、当時先進的な取り組みをしていた堺市と豊中市で景観アドバイザーを務め始めましたが、当時の景観指導は、「色はこの程度にしてください」といった“お願い”しかできませんでした。そういう背景があって景観法が決まったといえます。
2004(平成16)?2006(平成18)年に、堺市のアドバイザー会議に上がってきた件数は、150件から160件前後ですが、その反映度は年を追って高まっています。景観法制定以後は、問題だった色彩指導もかなり聞いてもらえるようになっています。
■景観法以前の事例から
次に、大阪府内で、景観法以前に経験した事例をご紹介します。
○駅前風景
大阪南部の私鉄駅前の景観では、造形作家の方による赤いモニュメントだけでした。その後の建築計画については、市の景観アドバイザー会議から“お願い”をしてきましたが、今は黄、赤、ブルーの入った商業施設ができ、ラッピングバスも走っています。景観法施行前は、各地でこういう風景が見られたと思います。
○大型量販店
ある大型量販店では、外壁色と景観とのバランスも難しい課題のひとつでした。ベースカラーが黄色、サブカラーが赤という店舗の出店計画では、交渉の末、黄色の彩度を少し下げていただいたことがあります。今は地域により、店舗カラーがかなり制限される例も見られます。
○高齢者福祉施設
隣のマンションのバルコニー前に、ピンクの建物が建っています。アドバイザー会議の指導と実際の色が違った事例のひとつです。その後、住民の方のご指摘で私たちが動き、外壁補修の際に少し彩度を落とすことになりました。こういう反応があると、私たちもすごくやりがいがあります。(図2)
○ホテル
住宅街の中のホテルで、壁面に枝垂れ桜の絵をLEDで入れる計画が提出されたことがあります。付近に小学校の通学路があったので、PTAも声を上げ、アドバイザー会議から何度もかけあった結果、現在はシックなダークトーンのデザインになっています。一般的には、この種のホテルは景観規制がなかなか難しいものです。大阪市ではそういったホテル業に対して、特別に色彩基準を設けています。
○レジャー施設
大阪ミナミ、御堂筋に面する建物で、赤い外壁が提案されたケースがあります。最終的には市の指導で白に変更されたようです。景観指導制度が比較的、うまく機能した事例だと思いますが、都心にふさわしい景観と建築の個性との関係は、現在も難しい課題です。
■景観規制の数値の意味
2004(平成16)年の景観法施行後、同法で定められた景観行政団体数は今年7月1日現在、都道府県も含めて406。景観計画制定数は177あります。
一般に、都道府県の景観基準は、対象範囲が広いために基準は文章で示す場合がほとんどです(大阪府は数値規定を定めています)。一方、政令指定都市や中核都市などの都市圏は、全域を景観計画地域にしています(京都市は、重要エリアにより細かい基準を設けています)。他の市町村では、重要エリアのみ数値基準を置くことが多いようです。
数値基準に使われているのは、マンセル表色値と呼ばれるもので、色の3要素である「色相」「明度」「彩度」を記号と数値で表します。たとえば、今日の私のジャケットは、マンセル表色値で2.5B6/8。最初の“2.5B”が「色相(色の種類)」で青。次の“6”は「明度」、最後の“8”が「彩度」、つまり鮮やかさです。ちなみに、「明度」は0(黒)から10(白)まで、「彩度」は0(無彩色)から始まり、色ごとに上限が違います。
一般に、人工の色は彩度が高いのが特色です。たとえば、目立つ広告や看板に使われる赤や黄色は、最高の彩度14。ブルーシートも彩度8程度あります。
逆に、意外なほど低いのが自然の彩度です。たとえば青空は5?7、海はほぼ4.5どまり、公園などの緑も3から6です。ですから、彩度14の赤い壁や彩度8のブルーシートと対決しても勝ち目はありません。どうしても高彩度のほうが勝ってしまいます。(図3・4)
■デザイン力で注目される建築こそ
自治体の色彩基準ではこういう背景を踏まえ、「明度」つまり明るさと、「彩度」すなわち派手さに重点を置いて規制を行っています。
京都市の場合、赤黄系以外の「その他の色」の彩度は2を超えられません(図5)。これも自然の青空や草木の色を生かすためです。濃いと印象がきつくなるY(黄色)系も、彩度4を超えられません。逆に、R(赤)やYR(オレンジ)が彩度6まで許容されているのは、レンガ色の建築を含めるためです。ただ、赤系は明度を上げるとピンク色になるため、注意が必要です。この規制は、ほぼ市内全域に適用されています。
大阪府の彩度基準も京都市とほぼ同じで、YR(オレンジ)やR(赤)が6、Y(黄色)は4、その他の色は2が上限です。ただし、こちらは対象が大規模建築や特定エリアに限定されています。姫路市、横須賀市、石川県など、「?以内」や「?未満」という言いかたをしているところもありますし、基準が微妙に違うところもあります。このあたりは、景観に対する姿勢の違いでもあり、各地域固有の景観色の影響もあると思います。
こうした景観規制は、建築主や建設会社、設計者からはマイナスの制限ととられがちです。しかし、ここにいる皆さんには、ぜひプラスととらえていただきたい。なぜなら、この規制によって、皆さんが同じ条件で建築を競うことになるからです。しかも、これらの基準を踏まえて色彩設計を行えば、景観規制をクリアするのはそれほど難しくありません。逆に問題なのは、とにかく目立つ色、派手な色で周囲の目をひこうとする建築です。安易に色彩に頼るのではなく、デザイン力で周囲に差をつける建築が増えていってほしいと願っています。
■景観上、避けたい色彩とは
ここからは、色彩的に避けたい景観事例をいくつかご紹介しましょう。
○高彩度の大壁面
大面積の鮮やかな色は、周囲の景観に大きな影響を与えます。写真は京都の烏丸通の裏側で見かけた事例ですが、地味な町家に対し、大壁面の鮮やかさが際立っていることがお分かりいただけると思います。(図6)
○明度差の大きい組み合わせ
人間の目は、明度差が1.5程度で十分コントラストを感じられます。逆にいえば、それを超える明度差は印象が強くなりがちです。経験した事例では、明度7程度の打ちっぱなしのビルと明度5前後の赤いビルの取り合わせ、明度差1.5を越えるゼブラ模様のマンションなどがありました。景観的には、こういう明度差はなるべく避けていただくのがよいと思います。
○背景から突出する高明度・高彩度
この写真では、ミントブルーの大きな壁面が街並みや青空から突出しています。壁の彩度は5と、かなり高い値です。同じ彩度でも、広い原野に点在する2階建て、3階建てと街中の高いビルでは印象がまったく違うことがお分かりいただけると思います。(図7)
景観計画の基本は周囲との調和ですが、現実には突出した色が選ばれるケースも少なくありません。街並みから突出するパチンコ店の看板。白い壁面の一部に、きわめて高彩度の色を使ったホテル。落ち着いた田園風景の中に建てられた全面黄色の一戸建て。森の中に建てられた明るい色の旧ボーリング場。建てる側の思いも理解できるのですが、景観的な観点からは、より明度・彩度の低い色のほうが、街並みや緑になじんで魅力的に見えると思うのですが・・・・。景観法が施行された今、外壁は公共のものという意識が、もっと広がっていってほしいと思います。○色相差の大きい組み合わせ
同じく避けていただきたいのが、色相もトーンもバラバラな色使いです。一つの建物に緑や黄色、ピンクなどの多色相が使われている場合もありますし、1軒1軒の建物の色づかいがマチマチなために、景観全体が多色相になっている場合もあります。(図8)
これらの色づかいは、自治体の景観条例でも規制の対象になってきています。新築や再塗装で見直される建物が増えるにしたがい、より落ち着いた景観が広がっていくのではないかと期待しています。
■景観における色彩の活かし方
ここまで避けたい事例を挙げてきましたが、以後は色彩をどんなふうに活用すればいいかというお話です。「色は難しい」と思われる方もいらっしゃるようなので、少し「つくり方」の話をします。
○色彩で調和を作り出す
3棟並んだビルの、中央の外壁を塗り替えた事例で、ちょっとしたご縁から私が手がけました。中央のビルはもともとR(茶)系でしたが、これを両隣のBG(青緑)系とR(赤・茶)系の中間、YR系で塗り替えています。目を細めて見ていただくと分かるのですが、鮮やかさと明るさがある程度そろっています。こういう手法をトーン調和といいますが、明度をそろえると、周りから突出しないわけです。(図9)
建築の色彩では、このように周囲との調和をはかることが基本です。両隣や周辺の街並みの様子を見ながら、明度や彩度、色相を調整することが大切ですね。
○地域の特性を色で活かす
次は、地域の特性を生かした愛知県・半田市の事例です。ある大手企業の本社や工場が建っていますが、明度が低いですね。先ほども申しましたが、背景が明るいと黒っぽい建物は必要以上に目立ちます。しかし、この建物の場合は、自然に見えます。
理由は、地域性にあると思います。ここでは昔からの工場をうまく保存しながら使っており、高層ビルとその足下に広がる川のあたりが、同社の中心エリアになっています。このような全体イメージの中では、こういう暗色系の色づかいも十分あるということです。
もう一つの事例は、大津市の琵琶湖畔にあるブルーのホテルです。先ほども申しましたとおり、青は難しい色なのですが、ここでは空をバックにしてもきれいなままですし、デザインも上手です。周りに大きな自然があって、その風景にうまくなじんでいれば、このような色づかいもいいと思います。(図10)
○目立たせないために色を活用する
大阪市のある倉庫ですが、以前は全体的に白かったため、護岸に沿って幅の広い白のラインがずっと続く感じで、非常に目立ちました。しかし、塗り替えの際に明度を下げ、色も抑えてもらったおかげで、今は護岸がきれいに見えるようになっています。こういうお手伝いも、私たちの仕事のひとつとなっています。
○目立たせるために色を活用する
先ほどとは逆の場合で、北海道のリゾート施設の事例です。ここはかなり広いエリアで、しかも周りには何もない。つまり、これを見て迷惑に感じる施設がないわけです。こういう場所では、この施設がシンボルになってもいいということで、建物は目立つグリーンになっています。設計者の色づかいのコンセプトは、夏の風景の緑と冬の風景の白に合うものを、ということだったそうですが、リゾートという観点と敷地のゆとりがあったから可能になった事例です。(図11)
同様の事例が長浜の黒壁スクエアです。黒壁といっても、明度は0よりやや高めかもしれません。昔は銀行、今はガラス店で有名な建物です。街中の黒は、普通なら目立ちすぎ違和感があるところですが、ここではそのまま残してあります。街並みのシンボルとして、人々のイメージを大事にしている例です。
■魅力的な景観を生み出すために
最後に、魅力的な景観の条件とはどういうものか、いくつかの事例からお話ししたいと思います。これは、必ずしも色だけの問題ではありません。
○周辺との調和がはかられていること
多くの自治体で景観基準やガイドラインが定められています。それをずっと追っていくと、必ず入っているのが、色・形ともに「周辺との調和を図る」という考え方です。全国の自治体の景観賞を調べたことがありますが、「調和が図られている」というのが、最大の評価ポイントでした。
ただし、調和のある景観は人が常に関わらないと維持できません。たとえば、合掌造りで有名な白川郷。世界遺産ですし、調和が図られている景観の好例ですが、ここでも一筋縄ではいかないような地域の努力があります。ここの景観の特徴は、田んぼの緑と茅葺き屋根の対比ですが、田んぼは放っておくと休耕田になってしまう。そうならないために、田の世話をする人を育てています。また、茅葺き屋根の葺き替えも、村人が参加する「結(ゆい)」という組織で、数年に1度ずつきちんと行っていますが、これも茅葺き屋根の維持と同時に、葺き替え技術を伝える意味がある。そういう努力で、あの景観は維持されているわけです。
もちろん、100%順調なわけではありません。たとえば、同時に見える風景には農協の白い近代的建物が並んでいたりする。景観を整える、と簡単に言っても、地域ごとに難しい背景があるわけです。(図12)
○地域の特性を活かした地域性があること
地域の特性とひと口にいっても、企業、自然、風土、歴史、文化など、さまざまな要素があります。
たとえば、石畳の路地の入口に麻のれんがかかった風景は、京都の町家のワンシーンです。ここは、四条烏丸から少し入り込んだあたりで、昔は繊維系の問屋がたくさんあった地域です。(図13)
以前、この周辺で学生たちと風景の写真を撮って回り、全員でいい写真を選んだことがあります。この地区は今でも、祇園祭の山鉾を13も出していますし、立派な町家が軒を連ねて、景観的にも質の高いエリアです。ところが、いちばん支持が多かったのは、町家でなくこの路地の写真でした。そこに地域性を考えるカギがあるように思います。
まず、石畳の路地ですね。京都という街は、あちらこちらに路地があり、普通の都市とは違う景観を見せています。これが学生の心をとらえたようです。
それから写っている風景の繊細さ。路地の入口は木の門のようになっていますが、そこに繊維の街らしい麻のれんがかかっています。配色は、赤とわずかにピンクがかった白。赤も紅梅を思わせるデリケートな色で派手さはありません。色相的にも、木がYR(オレンジ)系でのれんはR(赤)系と色が近い上に、彩度も抑え気味です。しかも、梁と壁の明度差をうまく利用している。学生をひきつけたのは、こうした色づかい、京都ならではの景観だったろうと思います。
次の写真は、ある作家がつくっているアート作品です。ピンク、ベージュ、明るい色、暗い色……どうやったらこんな豊富な色が出るのだろうと思いますが、実はこれは、彼が徹底的に歩いて見つけた、ある1カ所の地域だけの土です。地域性ということを理解する上で、ヒントになる作品だと思います。(図14)
○緑化、オープンスペースによるうるおいがあること
奈良公園にある梅林が好例です。緑の彩度は4ぐらいでしょうか。若草山の色とあいまって、デリケートな色でまとまっています。このエリアには昔ながらの潤いのある緑が多く、良好な景観といえます。
あるいは、東京の六本木ヒルズ。新しいモニュメントができていますが、前に広い空間があるので魅力的な景観になっています。都市の真ん中でも、緑を上手に使えば、快適な景観は作り出せるという好例です。
○住民参加による親しみと誇りのある景観づくり
UR(都市再生機構)の豊中市の住宅地では、住民の方々の手づくりの花壇が見られます。気になる色づかいも見かけるURの建て替えですが、街角にはこんなにきれいなスポットがある。しかも、花の色使いだけでなく、作業小屋まで木の素材を使っている。こういう丁寧な仕事が素敵な景観づくりにつながっています。(図15)
また、北海道の旭山動物園で見かけた動物の表示板では、手書きのイラストと解説文から伝わる手づくり感がいい印象でした。ここは動物の展示方法から景観づくりまで、職員の方たちが深く関わってきたことが高く評価され、人気を呼んでいます。当事者が作り手であることが重要なポイントになっている事例です。
○地域に新たな活力が生み出されていること
大阪の道頓堀川では、川べりに遊歩道を設け、イベントやライトアップなど、いろいろな使い方ができるようにしています。これには、地元の商店街の皆さんも積極的にかかわり、活気のある風景を生み出しています。この遊歩道では今、御堂筋の下をくぐれるような浮橋づくりの計画が進んでいますが、これも私と仲間の提案をもとに、住民の皆さんが行政に何度も働きかけた結果、初めて実現することになりました。地元の人々が本気になって参加することの大切さを実感した事例でもあります。(図16)
○優れたデザインで新たな魅力をつくること
最後の事例は、富山の路面電車、ライトレールトランジット(LRT)です。あるデザイン事務所が中心になって進めたものですが、異なるシンボルカラーの車両といい、デザイン主導の駅の広告といい、優れた景観計画で富山市街に新たな魅力を生み出しています。3年という短期間ですべての事業を進めたため、この種の事業にありがちな横やりも入らず、当初意図したデザインをスムーズに実現できたそうです。景観計画の進め方の面でも、興味ある事例といえます。(図17)
ここまで数多くの事例を紹介しました。今日のお話を通して、少しでも色の可能性、景観デザインの魅力に気づいていただければ幸いです。
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