本日は5つのトピックに沿って話します。
1. |
兵庫県南部地震による建築被害の様相 |
2. |
東南海・南海地震への備え |
3. |
建築構造物の耐震能力評価に資する実験研究 |
4. |
免震・制震建築の仕組みと実践 |
5. |
究極の耐震性能実験 |
10年前の阪神・淡路大震災で奪われた約6,400の尊い命の90%は、建物の倒壊によるものでした。また10兆円以上とも言われる物的被害額のうち約6兆円が建物関連であったことからもおわかりのように、この震災における建物の責任は重大です。
何が「安全」で何が「危険」なのかは、すべて相対的なものです。「安全」とは、要求(地震力)よりも能力(抵抗力)が大きいことで、同じ強さの建物でも地震が大きすぎると安全ではなくなります。一方同じ地震の揺れでも、建物が弱すぎるとやはり安全は確保できません。
先の大震災の被害でも、隣同士の建物が10倍も違う大きさの地震を受けたかのように壊れ方に差がでた例があります。また、外見は無傷でも内部の壁が大きな被害を受けている場合もあります。これは二段階の地震力を考える日本の耐震設計特有の事情で、大きな地震に対してはある程度の被害を許容しています。
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江戸時代以降の記録では、ほぼ100年に一度の周期で東海、東南海、南海地震が繰り返されており、21世紀なかばまでにこれら大地震が再来することはほぼ間違いありません。これら大地震が来るまえに、人命保護や資産保持の立場から、我々にはいろいろな備えが必要です。特に、日本の町中に溢れる膨大な建築ストックの耐震性向上、これから造る建物に対する耐震設計施工の高度化は焦眉の課題です。
そこで重要な役割を果たすのが実験研究です。特にこれからの実験研究に求められるのは、建物が最終的に壊れてしまうまでの耐震能力に対する詳細なデータの蓄積です。設計ではこれだけの力に耐えるように設計しなさいと規定しています。ただ、例えば100の力に耐えるように設計するとして、その先はどうなるのでしょうか。101の力でもろくも倒れてしまうのか、それとも200や300の力まで大丈夫なのか。「これ以上」と規定されている先にどれだけの余力があるのか。つまり人の命を守れるぎりぎりの限界がどこにあるのかを常に意識しなければなりません。これからは「これだけの力に耐えられるから大丈夫」と言うだけでは不十分で、ここまでしか耐えられませんという上限にも目配りが必要です。
構造物の耐震力を調べる実験には幾つかの方法ありますが、静的実験が最も一般的で、たぶん構造実験の99%を占めるでしょう。例えば、柱に地震力に相当する力をぐいぐいとかけていき、どこまで耐えるかを調べる実験です。震動台実験は、地面に見立てた台を揺すり、上に置いた模型が壊れていく様子をみるという、仕掛けは至極単純ですがとても高価な実験法です。震動台実験装置は世界各地にありますが、そのなかでも最も大きな4基は日本にあります。
この2つの中間的な実験にオンライン応答実験という方法もあります。これは、コンピュータによる数値解析と静的実験を組み合わせて構造物の揺れをゆっくり再現するものです。
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多数の柱や梁からつくられる構造物の挙動は複雑で、柱や梁一本を対象とした部材実験からだけでは分からないことも多いのです。また縮小模型では、最後に崩壊していくさまを正しく再現できないので、実物大の実験が必要です。京都大学構造実験棟には、実大規模の建物を載荷できる実験装置があります。ここでは、床を揺らすのではなく油圧ジャッキで揺れを模擬します。一昨年私達は、この装置を使って実大3層鉄骨骨組に対する実験を実施し、崩壊に関する実験情報を得ました。
実験情報の蓄積がなぜそれほど大事なのでしょうか。耐震力や地震による建物の揺れを予測するために、解析や数値計算などさまざまな予測手段が提供されていますが、いかなる手段もその「確からしさと限界」は検証されなければならず、そこでは蓄積した実験データとの照合が不可欠です。
次に、耐震設計や施工の高度化には何が必要でしょうか。どんな新技術もそれが実践に供されるためには、社会に受け入れられなければなりません。ところが新しい技術というのはなかなか受け入れられません。それは値段が高くなるからです。値段は変わらないけれども高い安全性が得られるのだという確証が得られたとき、初めて実践に使われます。また新技術が受け入れられるためには、技術の成熟、装置、製造、流通などに関する人的物的資源の確保も必要です。「もっとお金を使えばよいものができる」などと言っている段階では、実践に対して何らアピールすることはできません。
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「究極の検証手段」を提供する施設として、兵庫県三木市の防災公園内にある兵庫耐震工学研究センター(通称E-Defense)が挙げられます。このセンターがもつ世界最大の震動台は、実大規模の木造住宅や数階建ての鉄筋コンクリート建物がどう揺れてどう損傷し、崩壊するのかをとことん調べることができます。20m×15mの震動台を3方向からアクチュエーター(動力を加えるもの)で動かします。縮小模型ではなく実際の建物を対象とし、単純化した載荷ではなく実際の揺れを与えることから、まさに「本物の情報」を獲得することを可能とします。この施設は今秋から本格稼働する予定です。
防災技術の向上には多大な人的物的投資が必要です。またいくら「造る」技術があっても、それを実践に反映させるためには、技術を駆使できるポテンシャルをもつ産業界の存在が不可欠です。この多大な投資を社会が許容するかどうかが、冒頭に示した東海・東南海、南海地震への備えを決します。 |