修復は“ビフォー&アフター”ではない
社会科学系図書館は1933(昭和8)年竣工で、書庫には当時珍しい昇降機装置が置かれました。正面玄関を入るとまず目に飛び込んでくるのが、同大学出身の中山正實画伯による大壁画「青春」と、印象的な図柄のステンドグラスです。高い吹き抜けのアーチ型天井を持つ大閲覧室にも同様のステンドグラスがトップライトとして設置されています。神戸商業大学の校章が入った木製の閲覧机が歴史の重みを感じさせてくれます。
全体的にきわめて大規模な修復ですが、使える部分はできるだけ残して使うことがポイントです。竣工当時の建材は、一つひとつ叩いたり試験を繰り返したりして、メンテナンスしながら継続して使う努力をするのです。スクラッチタイルや壁材、床材なども、新旧が混在しているにもかかわらず、優れた修復技術のおかげで両者の違いがほとんど分からないものばかりです。足立先生はこう言います。「文化財の修復はパッチワークみたいなもの。さりげなく差し替えて、新旧の違いもかかった手間や苦労も、見る人には気付かせない。いかに変わったかを見せる“ビフォー&アフター”みたいな修復じゃダメなんです」。
1934(昭和9)年竣工の兼松記念館は、4棟の中では比較的シンプルな意匠の外観をしています。日豪貿易の先駆者・兼松房次郎を記念する兼松翁記念会からの多額の寄付によって同館の前身となる記念館がつくられたことに名称の由来があります。現在は経済経営研究所が入っています。内部は手すりのアールデコ調の装飾が特徴的。折上格天井(おりあげごうてんじょう)が格調高さを伝える2階の記念室、ここにもアールデコの装飾が見られました。
建築を未来に残そうとする人々の心意気に感動
出光佐三記念六甲台講堂は、1935(昭和10)年に完成しました。正面玄関の五連アーチがとても端正な印象です。船窓のような丸い窓の装飾や操舵輪をかたどった装飾によって、国際貿易都市であることが強調されています。舞台両袖と上部には中山画伯の壁画3点が描かれ、三位一体で独特の空間を演出しています。これほどの大規模な壁画を有する講堂は全国的に見ても珍しく、きわめて貴重だということです。
「修復には、外からは見えない苦労がたくさんあります。取り壊して建て直したほうが楽だしきれいになるし、メンテナンスフリーにすればその後の手入れもしなくていい。しかし、建物は本来メンテナンスしながら使っていくべきものなのです。もちろん現在使っている人々の意向も踏まえながら、過去の味わいや雰囲気をそのまま未来に引き継ぐ。それが私たち修復に携わる者の役割だと思っています」。
往時の姿と変わらず美しく修復された4棟を細部まで見学し、改めて感じたことは、古い建築物を未来に継承していくことの大切さと、残そうと一所懸命努力する人たちの志の高さでした。
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