2007けんざい
社団法人日本建築材料協会
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けんざい230号掲載


西条酒蔵通り

 初めて西条の街の写真を見たとき、不思議な懐かしさを覚えまし
た。白壁と瓦屋根の酒蔵も、格子窓の古い建物も、レンガ造りの煙
突も、かつてこの国にあったという風景そのまま。西国街道沿いの
この街から、日本でも指折りの銘酒が生み出されていると聞けば、
興味はますます膨らみます。今ではなかなか見当たらない、古きよ
き日本の面影を求めて、山陽路へと出発しました。
「けんざい」編集部  木絢子


懐かしい風情を残す酒造りの街
 JR広島駅から山陽本線を北東へ約30分。JR西条駅から南へ少し下がると、そこが西条酒蔵通りです。
 かつて西国街道であったという通りをゆっくり歩いていくと、なまこ壁と白壁に三州瓦の建物が、次々に現れます。見上げた空には、屋号を記した赤レンガの煙突。酒蔵の軒下には大きな杉玉も見えます。
 「ここ西条は、神戸の灘、京都の伏見と並ぶ、日本の三大銘醸地。8つの蔵元が、この街道周辺に連なり、昔ながらの酒蔵風景を保っています」。そう説明してくださったのが、前垣壽男・西条酒造協会理事長(賀茂泉酒造株式会社取締役社長)。建物の多くは、明治以後の建設だそうです。「特に、山陽鉄道(現・山陽本線)での輸送が始まってからは、西条酒の生産も増加。今日に続く街並みが整っていったわけです」。
 とはいえ、成功の要因は鉄道だけではありません。何よりも、西条酒の品質向上にかけた人々の努力が大きな理由でした。「進んだ味と技法を目指して、明治10年代から西条酒の改良改善がスタート。明治30年ごろには、西条独特の水質を生かした醸造法が確立されました。これが、全国品評会の高成績につながり、銘醸地・西条の名声を一気に高めたのです」。
 今でも酒蔵通りの軒先では、蔵元自慢の名水が湧き出しています。持参の容器に名水を汲む人々の様子はまさに酒蔵の街ならでは。一滴の水から銘酒が生まれ、その銘酒が酒蔵の街並みを育ててきたことを、実感した風景でした。

宿場町に育まれた上質な暮らしと文化
 西条の街は、早くから地域の中心だったようです。前垣理事長とご一緒いただいた東広島市産業部商業観光課の國廣政和課長によれば、紀元前1000年ごろの弥生式土器が出土しているのだとか。
 「室町時代には安芸国分寺が開かれていますし、江戸時代には西国街道の四日市宿が置かれています。いずれも、この街の重要性をうかがわせますね」。当時の本陣(御茶屋)跡には今、堂々たる御門が復元されています。
 当時の上質な暮らしぶりは、出土品からもうかがえます。江戸時代の地層から大量に発見されたのは、唐津・志野・織部・備前・小谷などの食器類。オランダの輸入陶器の破片も含まれていたといいます。西条の酒造りが本格化したのもこの時期だったらしく、「現存する酒蔵の一つ、延宝蔵(白牡丹酒造)の基礎は、延宝年間(17世紀)のものと見られています」と國廣課長。当時の圧搾装置の遺構も発掘されているそうです。
 宿場町の繁栄は、この街に豊かな文化をもたらしました。江戸時代には方々で句会が開かれ、女性や子どもの俳人もいたそうですし、随筆・狂歌で有名な太田南畝も、四日市宿でカキを肴に西条酒を楽しんだと自作に記しています。
 さらに驚いたのは、昭和の著名な作庭家・庭園研究者である重森三玲(しげもり・みれい)が前垣理事長の生家を訪れ、重厚な枯山水庭園を作っていることでした。「子ども時代は、あの庭でよく遊び回っていましたよ」と笑う前垣理事長は、これからもこの庭園を大切に守っていくつもりです、と力強くおっしゃいました。その庭の一角に、俳人・山口誓子の句碑が建っているのも、西条の文化の奥深さをうかがわせます。
 「酒造りとは、ただの産業ではありません。いろいろな意味で、日本の大切な文化なのです」という前垣理事長の言葉が、改めて納得できたようです。



酒蔵通りの随所に見られる名水

西条地区最古といわれる延宝蔵の基礎部分

復元された四日市宿御茶屋(本陣)御門

賀茂輝酒造

山陽鶴酒造

白牡丹酒造

酒蔵通りの街並みを次代に生かすために
 古きよき日本の面影を感じさせる、西条酒蔵通りの街並み。昔の蔵はもちろんですが、戦後生まれと思われる新しい蔵も、白・黒・茶という、伝統的な色調をほぼ忠実に守っています。実は、この街並みの保存維持には、法律や協定は関係していないそうです。
 「昔のままの街づくりがずっと続いてきましたからね。空襲や大規模開発がなかったのも幸いでした」と前垣理事長。古くからの建物だけに、維持管理の負担は小さくありませんが、各蔵元の熱意と工夫で対応しているということでした。
 もちろん、守りの姿勢だけではありません。たとえば、毎年10月「西条酒まつり」。西条はもちろん、全国900の銘酒が試飲・購入でき、蔵元の見学などもできるとあって、毎年20万人以上の人々が訪れます。
 また、海外へのアピールも積極的。「酒まつり」に、6ヶ国語のパンフレットを用意したり、外国の新聞・雑誌記者を酒まつりに招くなど、「JAPANブランド」西条酒を世界に向けて発信中です。
 街づくりにも、新たな動きがあります。前垣理事長が注目しているのは、古い酒蔵の転用です。
 「たとえば、わが社の敷地には、酒泉館・藍泉館という喫茶室兼ショップがありますが、これはもともと県立醸造支場の洋館を改修したもの。昔の酒蔵は規模が大きく、音響効果もいい。ホテルやイベントホールなどに転用すれば、古い景観を保ちながら、街の活性化を図ることも可能だと思いますね」。
 伝統と現代は対立して見られがちですが、ここ西条では、伝統の産業と景観こそが、新たな創造の基盤になっているようです。古きよき懐かしき酒蔵の街並みが、生き生きと受け継がれる未来を祈りながら、山陽路を後にしました。


西條鶴酒造

賀茂鶴酒造


亀齢酒造


賀茂泉酒造

福美人酒造

賀茂泉酒造内に築かれた、重森三玲の庭園

もと県立醸造支場だった酒泉館

前垣理事長(右)、國廣課長(左)と

西条酒蔵通り/

所在地:広島県東広島市西条
TEL:082-421-2511(西条駅前案内所)
URL: http://hh-kanko.ne.jp


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