2007けんざい
社団法人日本建築材料協会
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けんざい224号掲載


新歌舞伎座

 「大阪新歌舞伎座」の名でも親しまれる新歌舞伎座。その名前は知らなくても、大阪・ミナミで豪快な唐破風を連ねたこの建物の姿を覚えている人は多いことでしょう。子供のころ、大阪城だと思い込んだ人がいた、というのもなるほどと思えます。残念ながら今年半ばで閉館となるこの劇場への訪問は、ある大スターの記者会見から始まりました。そのスターとは・・・。

株式会社日本トリム 西崎 薫

「ここには私の人生が詰まっています」
 「私にとって、新歌舞伎座は文字通りのホームグラウンド。この劇場を見るたびに、『帰ってきた』という思いがわいてきましたね。他ではまったく抱いたことがない、特別な気持ちがずっとありました」。
 そう語っているのは、「杉さま」こと杉良太郎さん。6月1日から始まる「杉良太郎プロデュース なんば新歌舞伎座 最終公演」の記者会見で、新歌舞伎座とのかかわりに質問が及んだ時のことでした。
 「昭和49(1974)年、初めてここで座長公演をやったときは、(自分の実力では)3`4回も続けば上等かな、と。それぐらいの迫力がこの劇場にはありました。亡くなった松尾國三社長(当時)の遺志を告ぐつもりで続けてきましたが、まさか36年間、座長公演だけでも50回という長いご縁になるとは思いませんでした」。
 この劇場を中心に、関西の数え切れないファンを魅了してきた杉良太郎さん。何とかこの場所で建て替えられないか、という思いは今もあるといいます。
 「ミナミにこの劇場があるということ自体、大阪の文化。今はまだ実感がありませんが、なくなった後でその喪失を強く感じるでしょう」。
 人気・実力とも当代きっての大スターに、ここまで愛され、惜しまれる新歌舞伎座は、日本一幸福な劇場かもしれません。「杉良太郎の人生は、すべてここに詰まっています」と力強く言い切った言葉が、いつまでも心に響きました。

「桃山調」を求めて生まれた外観
 新歌舞伎座は、高さ32.7m、間口60m、奥行39.6m、延床面積11,080m2の地上5階・地下2階建て。それまで千日前にあった大阪歌舞伎座を受け継ぐ約1,900席(現在は約1,600席)の新劇場でした。
 こけら落としは、1958(昭和33)年10月の「東西合同大歌舞伎」。華やかな開幕とともに大阪の話題をさらったのは、連続する唐破風と各階の欄干、巨大な千鳥破風を組み合わせたお城のような外観です。
 「当時の松尾國三社長が、旧・そごう大阪店なども手がけた建築家・村野藤吾先生に『桃山調で頼みたい』と依頼したと聞いています」と、新歌舞伎座・宣伝担当の星野明子さんに教えていただきました。
 芝居小屋には欠かせない太鼓櫓を正面に掲げ、連なる唐破風に飾られた建物は、和風建築そのもの。鉄とコンクリートの近代建築とはとても思えません。ふと見上げると、大屋根の四隅には不思議な飾り。お城のしゃちほことも違うようです。
 「中央が『嫐(うわなり)』、左右が『暫(しばらく)』。どちらも彫刻家・辻晉堂氏の作品です」と星野さん。モチーフはなんと、歌舞伎の隈取りなのだとか。
 1階正面には、人々をいざなう朱塗りの扉。黄金色の鳳凰の定紋が鮮やかに浮かんでいます。東京・歌舞伎座より1羽多い、2羽をあしらった意匠にも、上方ならではの歌舞伎の殿堂を目指した当時の大阪人の意気込みがうかがえるようです。

 


菊池隆志の障壁画を背にする特別席

劇場内の通気口にも見事なデザインが

藤で巻かれた手摺の支柱

客席すぐ隣の花道から「花園遊食」の段帳を望む

大天井に浮かび上がる市川團十郎家の定紋「三升」


歌舞伎=傾き(かぶき)の空気に満ちた館内
 記者会見の後は、花道が見える入口から客席へ。花道の上では、杉良太郎さんと今回主演の山田純大さん、その相手役小林綾子さんが盛んなフラッシュを浴びています。驚いたのは、花道と客席との近さでした。
 「手を伸ばせば、スターの方々と握手もできるぐらい。息づかいや飛び散る汗も感じられますよ」。
 花道の向こうは、間口約25mもあるという大舞台。でも、杉良太郎さんのような人が立つと、狭く思えるそうです。多分それが、スターのオーラなのでしょう。
 見上げると、真紅の客席が2階、3階と連なる上に、格子模様の大天井が舞台を見守っています。その中央に、渋い緑の四角を重ねた巨大な文様が見えました。
 「『暫』の衣装の袖にも描かれている、市川團十郎家の定紋「三升」です。これも村野先生のデザインです」。
 1階特別席の後ろを飾る菊池隆志の障壁画。上村松篁による西陣綴錦織の緞帳「花園遊禽(かえんゆうきん)」。随所に輝く定紋入りの赤提灯。そして、客席と舞台、花道との絶妙な距離──歌舞伎=傾き(かぶき)の精神があふれる場内は、数え切れない人々をワクワクさせたことでしょう。歌舞伎の舞台よりスター俳優や歌手の公演で知られた新歌舞伎座ですが、その濃密な空気は昔の芝居小屋と同じに違いありません。
 「劇場では世界初となるエスカレーターを導入する一方、客席の通気口に和風のデザインを施したり、手すりの支えやトイレ入口の目隠しに籐を使ったりと、村野先生の設計は、細部まで劇場らしい雰囲気を大切にしています」と星野さん。それが分かっているからこそ、人々もこの空間を愛してきたのでしょう。
 残念ながら、新歌舞伎座はこの6月いっぱいで閉館され、上本町のビル内で移転・再開の予定とか。一方、現在の建物がどうなるかは未定とのこと。
 「私はまだ数年の勤務ですが、皆さんのお話を聞くたびに、いい劇場だったのだなと感じるようになりました。杉さんのような思いを持つ方も多いはずです」。
 私も感じることは同じ。せめて6月の千秋楽まで多くの人々がこの新歌舞伎座を訪れ、大入りが続きますようにと祈りながら、劇場を後にしました。

 


担当の星野さん(左)とともに

 

新歌舞伎座/

所在地:大阪市中央区難波4-3-25
TEL:06-6631-2222
URL:http://www.shinkabukiza.co.jp/
竣 工:1958(昭和33)年


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