2007けんざい
社団法人日本建築材料協会
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講演会の予定・講演録
「建材業界の成長戦略と事業承継を考える」

株式会社日本M&Aセンター 企業情報部長 伊奈 幸三郎 氏

中小企業社長の平均年齢は30年間で7歳アップ
 昭和から平成へと時代が移り、その平成も早や四半世紀を迎えようとしています。社会の情勢や皆さんを取り巻く環境は大きく変わりました。そんな中、経営者の方々もお年を召され、「事業承継」を意識せざるを得なくなってきています。
 今、日本の人口構成で多数を占める団塊の世代が、65〜70歳を迎えようとしています。生産年齢人口と呼ばれる人たちが15〜65歳ですから、この5〜10年でいわゆるお金を使う方々が急激に引退を迎えることになります。予測では、生産年齢人口はこの先4割減るとみられています。経済全体が、下がっていくということです。(図1)
 また、経営者の平均年齢が、この30年間で8歳アップしているというデータがあるのですが、ここで注意すべきは、資本金10億円以上の上場企業の社長平均年齢は変わっていないという点。つまり、上がっているのは中小企業の社長の年齢なのです。原因は後継者不足です。息子がいない、ナンバー2がいない、従って自分の後を継がせる人がいない。そこで真剣に考えねばならないのが、本日のテーマである事業継承です。(図2)
 高齢で頑張って経営されている方々もいらっしゃいますが、当然のことながら社長といえど不死身ではありません。もし内部に後継者がいなければ、そろそろ出口戦略を考えないと会社の存続が困難になります。
 未公開企業、つまり上場していない会社の出口は基本的に5つです。
 (1)親族内で継がせる。(2)従業員に継がせる。(3)オーナー企業を捨てて上場を目指し、組織体をつくって企業を存続する。(4)M&Aで会社を売却し、ほかの会社に経営をバトンタッチする。(5)会社をたたむ。
 どの方法を選ぶかは会社によって違うし、その時々の状況によっても変わります。それぞれを選ぶ上でのメリットやデメリットを話します。
親族内継承は最もオーソドックスかつ幸せな方法
 まず(1)親族内での承継。息子がおらず、娘や娘婿が継ぐケースも多い。親族内承継は、いちばんオーソドックスかつ幸せな方法です。(図3)
 データでは、20年前は8割が直系の息子・娘に継がせていたのですが、今は4割に減っています。なぜか。少子化のほかに、価値観の多様化が理由としてあげられます。私の世代なら、長男が継ぐものだというDNAがたたき込まれているんですが、僕より2、3歳下の世代では「親父は親父、俺は俺」という考え方が強くなってきています。
 また、会社を継がせることが必ずしも子どもの幸せではない、と考える方が増えてきました。経営者は決断の連続で、プレッシャーが大きい。家は担保に入っているし、銀行からお金を借りるときの保証人になっているので、会社が倒れたらすってんてんです。そんな覚悟で創業して、苦しみを乗り越えて今があります。息子や娘婿がそんな重圧に耐えられるタイプかどうか?これは大変重要です。経営に向かない人に継がせて会社がダメになったケースは、残念ながら多々あります。
 息子に継がせる場合、自社株式の相続税評価に注意してください。会社の中身によっては何億にものぼることがあります。会社のお金を使って相続税を払うことになると、会社の体力が落ちてしまいます。相続税がかなり下がる賢い方法もありますが、とてもテクニカルな世界なので、税理士に相談したほうがいいですね。必ずぶち当たる問題なので気をつけておいてください。
実はハードルが高い、従業員の社長継承
 続いて承継策その(2)、従業員に継がせる。実はこれ、かなりハードルが高いんです。なぜなら創業者というのは文鎮経営でトップダウンで、一人に全部権限が集中してあとはオールフラットという会社が多いからです。ナンバー2が育たない。(図4)
 もう一つの現実的な問題は、銀行からの借り入れがあると、社員の中で有能な人間を社長にするという方法が取りづらいということ。日本の銀行は会社が借金するとき、ほとんどの場合、社長の連帯保証を求めます。昨日までサラリーマンだった新社長が連帯保証人になるわけですが、銀行は旧オーナー一族の保証を外してくれません。ということは、新社長が失敗して会社が倒産すると、旧オーナー側に保証債務だけが降ってくる、という事態が起きかねません。
 さらに問題があります。借り入れがなかったとしても、20〜30年経つと会社の経営陣と旧オーナーがまったく赤の他人になってしまい、旧オーナー一族で相続が発生したときに会社がガタつくのです。先ほど出た自社株式の相続税評価によって、多額の相続税が生じるからです。会社はその株式を買い取らざるを得ません。そんなことになったら会社の経営努力が台なしです。
 これは実際に相談を受けたケースですが、ある会社で昭和20年代、創業者のオーナー一族が社員に、ボーナス代わりに株を渡しました。退職時にその株を買い取る制度にしていなかったため、相続のたびに株主が増えていきました。
 これが昭和20年代だから、もう次々世代まで到達している。気がついたら、売り上げ20億円の会社で株主が200人という事態になっていました。好ましくないような方々も株主に入ってきて、総会で混乱を招くことを恐れて相談に来られたのです。
 資本と経営が分離していくと、次世代、次々世代の経営者を悩ませる結果になるのです。
上場は、しんどいが後継者問題解決に最適
 続いて(3)の上場です。これは大変ではありますが、後継者問題を一気に解決するすばらしい手段です。(図5)
 上場審査の過程では、内部管理体制の徹底が求められます。これで組織体制が非常にしっかりしたものになるため、社長一人に権限が集中していた文鎮経営から脱却できます。この上場審査で鍛えられることで、オーナー一族から徐々に経営の実権が離れていくことにもなります。ナンバー2も育ちます。自社株式を売り出せるので、創業利益が確保できるというメリットもあります。さらに、銀行に連帯保証人を外してもらうことができます。
 ただし、上場には一定のハードルがあります。ある程度の規模と将来性、利益、期待感がないと上場しても株価がつきませんからね。
 そして、すぐにできるわけではありません。財務をきれいに整理したり、監査法人を入れて不適切な部分を徹底的に洗い出し、全部改善したりで、3〜4年はかかります。上場維持コストも、年間1億円ほどかかります。経営の透明化を強いられますし、非常に厳格な体制を敷く必要があります。「公開は後悔」とすら言われるほどしんどいことなんですね。
 しかしメリットはたくさんあるし、後継者問題によい方法であることは確かです。
会社をたたむと債務超過など、デメリットが多すぎる
 「息子は継がない、従業員は無理だ、公開も面倒だ、ほかに方法は?」となったとき。それが(4)のM&Aです。会社を売却して、オーナー一族、つまり経営者が引退する方法。ただ、M&Aのメリットとデメリットをお話しする前に、(5)の会社をたたむことについて、先にご説明します。(図6)
 会社をたたむことには、もうデメリットしか存在しません。会社の資産が今の価値どおりに売れることはまずない。例えばメーカーで、製品という形で在庫があったとしても、会社をたたむ前提で売れば間違いなく買い叩かれます。機械も同様でしょう。工場の解体費用も相当なものです。そして従業員には割り増し退職金を支払います。つまり、どんな優良企業でも「今日ここをもって解散」となると、債務超過になるのです。借金だけが残ります。すると社長の連帯保証で私財を持っていかれる。社長個人の財産だけじゃありません。従業員の将来はどうなるんでしょう。
 このように、会社をたたむことは倒産と同じで、マイナスが大きいのです。ここまでいかないようにするのが大事だと思います。
社員の雇用確保、保証も外れる…M&Aのメリット
 (4)M&Aは、バトンタッチしてくれる人に会社の株式を売り渡すという方法がほとんどです。買う側が最も欲しいのは何でしょう? 土地? 建物? 製品? 実は一番は、従業員と顧客です。中小企業のM&Aでは、ほとんどのケースで従業員はそのまま引き継がれ、雇用は確保されます。これが最大のメリットです。(図7)
 会社の商号も大体は残ります。お客さんがついているのに、急に名前を変えたら買う側が損ですから。そして、会社をたたむ場合はたいてい持ち出しですが、M&Aなら、債務超過でなければ退職金代わりに株の売却益が得られます。
 債務超過の場合はどうしても1円売買になりますが、ほとんどのケースで連帯保証人を外れることができます。これは大きなメリットです。仮に株価が500万円、1,000万円だったとしても、経営の重責から解放され、肩の荷が降りるでしょう。一所懸命ともにやってきた奥さんと老後を過ごす家の担保が外れる。これは大きな安心感ですね。
 また、相乗効果がある相手と組めば会社は発展します。2倍とはいかないまでも、1.3倍くらいに業容が膨らんだとすると、係長が課長になれるかもしれないし、年収が500万円から700万円に増えるかもしれない。そんな夢が持てます。
 M&Aで吸収されると、親会社が顧客だけ持ち去って従業員はクビになるんじゃないか、といった誤解が多いですが、買い手はそこまで馬鹿ではありません。今の顧客があるのは従業員が力を合わせてきたおかげ。その従業員をないがしろにはしません。従って従業員のことは心配無用です。
 とはいえ、やはり売れる会社、売れない会社というのはあります。M&Aは1、2年はかかりますから、「もうふらふらだ、来月手形落とせません」状態で相談されても難しいですよね。だから、(1)親族内継承、(2)従業員継承、(3)株式上場、の方法がどれも無理だと思ったら、早い目に考えた方がいい。単純にたたむよりは絶対にいいはずです。一生懸命経営されてきたんです。最後、有終の美をご自身で飾っていただきたいのです。それに、陰で家を支えてきてくれた奥さんの努力に報いるのが、男子たるものの責務だと思うのです。やはり出口戦略を考えておくことは、会社を経営していくことの一つの責務ではないでしょうか。
M&Aは身近な道具。早め早めの相談を!
 建材業界のM&A事例をひとつ。丸セパ(=丸セパレーター)というコンクリートの型枠を止める丸棒を扱っている某社で、売上高17億円、利益が1億円とかなりもうかっていました。社長は70歳、息子が二人いたのですが、「どうもすぐには継がせられそうにない。早く楽になりたいのだが」と相談に来られました。(図8)
 結果的には、結構な金額で売れました。買ったのはジャスダック上場で売上高100億円の会社。買い手の会社は、もともと公共土木100%の材料メーカーでした。この物件を買った後にもう1社買い、その結果、民間分野が50億円くらい加わって今、売上高150億円くらいになっています。売却側の社長は今、奥さんと悠々自適です。M&Aは、ハッピーリタイヤできるだけでなく、自分の会社が新しい分野に出る方法としても使えるのです。
 いい会社だけが高く売れるの? と思いがちですが、当社実績では、売上高が平均して5〜6億円で、売買価格1〜2億円の案件がいちばん多いです。M&Aって実はものすごく身近な道具なので、考えてみるのもいいかもしれません。
 1人で悩まないでください。仲間はたくさんいます。経営者仲間、税理士、銀行、相談相手はいろいろいます。ただ、どの方法も時間がかかるので早め早めに相談するのが大事です。余計なお節介かもしれませんが、この25年間中小企業を見てきた人間からのアドバイスです。
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