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建築と素材感について |
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株式会社日建設計執行役員 デザインプリンシパル江副
敏史 氏 |
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大阪ワールドトレードセンターから浪切ホールまで |
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建築と素材感について、最近設計を担当しました兵庫県立芸術文化センターと大阪弁護士会館、さらにそれ以前に設計した建築についても説明します。
まず、この会場すぐそばの大阪ワールドトレードセンタービル(1995)です。低層部にバットレスをつけることで構造の力強さをそのまま表現し、内部空間にもその構造が力強く表現されています。
外装部にはネオパリエ(建築用のガラス)を多用しました。14年前の当時としては非常に珍しかったのがシースルーのエレベーターで、自然光をエレベーターホール全体に入れています。また、オフィスフロアは、床面から天井まですべて自然光が入るよう工夫しました。
その2年後、大淀町文化会館(1997)が完成しました。ここでも、柱と梁という、構造的なエレメントをそのまま使用しています。また、私はサッシの存在を極力なくしたいと考えているのですが、同会館でも構造柱の2辺で大判のガラスを支持することによりサッシが表出しないようにしています。インテリアの仕上げはコンクリートと木を基本として、建物の隅々、廊下の奥にまで自然光が入ってくるよう設計しています。
さらにその2年後の神戸国際会館(1999)は、緩やかな曲面になった外壁が特徴です。同じく緩やかな曲面を描く列柱も耐火塗料を塗った構造柱で、構造の持つ力強さを表現しています。ホワイエでは、先ほどの会館と同様に、外装のGRCパネルに直接ガラスをはめ込むことで、サッシの存在を消しています。
岸和田浪切ホール(2001)では、やはり耐火塗料を塗った柱と梁を露出させ、構造の力強さを前面に出しました。インテリアの壁面は打ち放しコンクリートの構造壁です。ロビー空間のカーテンウォールは楕円形の鋼製押出材でガラスを上下2辺支持にし、できるだけシンプルに納めました。 |
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テーマは素材感・自然光・構造力の3つ |
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ここで私の建築の考えかたを整理しますと、建築には、「素材感」「自然光」「構造力」の3つが必要と考えています。
「素材感」については、使用する素材を、レンガ、木、コンクリート、鉄、ガラスにできるだけ限定するようにしています。これらの素材を際立たせるために、大きな窓、トップライト、中庭、テラスなどを利用して「自然光」を取り入れます。そして柱、梁、壁、床という構造エレメントのみで建築を構成し、建物の「構造力」を見せるわけです。 |
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ホールとしての機能を最大限に発揮 |
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兵庫県立芸術文化センター(2005)は、阪神・淡路大震災から10年後、震災からの心の復興、文化復興のシンボルとして竣工しました。コンサートを主としてオペラ・バレエにも対応する2,000席の大ホール、演劇を中心とした800席の中ホール、室内楽を中心とするアリーナ形式の400席の小ホールを擁しています。
この建物の素材も、木、レンガ、コンクリート、ガラスに限定しました。外装の50万個におよぶレンガはタイル張りではなくレンガ積みとし、特色を失わないようテクスチュアに気を配っています。幅290mm×高さ70mm×奥行70mmの通常より大きいサイズのレンガは、4色を基本にそれぞれ焼きむらをつける。また現場ではレンガ職人と会話を重ね、凹凸をつけて積み上げてもらうことで、壁面にレンガ積みでしかなし得ない、深い陰影が得られるようにしました。
大ホールや小ホールのインテリア壁面を覆う木はマホガニーのムク材を採用。着色せずクリア塗装のみとすることで、個々のムクの木が持つ微妙なニュアンスとコンクリートに負けない赤の色を表現できました。中ホール壁面は兵庫県産の杉を用い、床はスポッテッドガムというオーストラリアの堅木で統一しています。
構造体である柱、壁、天井は仕上げをせず、コンクリートそのままで構造の持つ力強さを表現しました。杉小幅板型枠の壁が空間に緊張ある力強さを与え、256本のPCコンクリートの柱がリズムと領域感を与えています。この2,700mmピッチで立つPC柱は25mmのフロートガラスの支持材も兼用することで、サッシの存在をなくし透明感ある広がりを建物に与えています。
建築空間は、平面・断面ともにシンプルな構成になるように心がけました。各所にトップライト、中庭、テラスを設けることで、建物の隅々にまで「自然光」を効果的に取り入れ、「素材感」がさらに引き出されるよう配慮しました。構造の精度と設備の納まりには苦労がありましたが、建物にシンプルな力強さが得られたと考えています。
この劇場には、実に多くの専門家がかかわっています。1992年のプロポーザルで選定されて以降、建築音響、舞台設備、指揮者、演出家、舞台監督、俳優など多くの専門家の意見を聞き、それらを尊重しながら設計を進めていきました。特に、佐渡裕芸術監督には、劇場としてのあり方から材料の選定まで、さまざまな面で助言をいただきました。十分な広さを持つ舞台と楽屋は、グラウンドレベルに設けることで使いやすく、搬出入のしやすいものとなっています。楽団練習場や事務管理スペースにも中庭とテラスを設けるなど、観客だけでなく、この劇場を利用するすべての人々が心地よく過ごすことのできる建物としました。 |
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透明性、開放性を具現化した大阪弁護士会館 |
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大阪弁護士会館(大阪市・中之島)が完成したのは2007年です。中之島には堂島川・土佐堀川の広い水面、淀屋橋から中之島公園に続く濃い緑、そして古きよき時代を色濃く残した石造りやレンガ造りの洋式建築があります。大阪弁護士会館を設計するにあたっては、水都大阪を代表するこの美しい景観との調和、その景観を最大限に享受しさらに自然の光を隅々まで取り入れ、静かで訪れる人に心地よい建物でありたいという思い、そして弁護士会のシンボルとして、活動の透明性、市民への開放性、組織の永続性、環境配慮という同会の理念を、建物全体で表現できればと考えました。
外観の特徴は、ガラスブロックを覆う構造体である柱と梁の格子表現です。弁護士会の透明性・開放性を象徴する外観としながらも、単なるガラスボックス建築では得られない情感を備えていると思います。柱と梁は、最新の制震技術と耐火安全検証の成果として、450mm×450mmの繊細なもので、深い軒は日射を遮り空調負荷を低減する日本の伝統的建築手法です。1.4mの軒の深さは、日影計算と空調負荷計算により決定されました。
外装は、高層部柱梁の大型陶板と低層部外壁のレンガ、そしてガラスで構成されています。時を経るにつれて深みを増す焼き物の陶板とレンガをシンプルに使用することで、「素材感」を際立たせ、弁護士会の永続性を表現したいと考えました。柱梁を覆う幅450mm×高さ450mm×奥行225mmの大型陶板は、通常の平板パネルでは得られない強い情感を感じさせます。窯変が美しい還元焼成陶板の温かな色合いは、現大阪弁護士会館や大阪高等裁判所、東洋陶磁美術館などの周辺建物ともよく調和します。低層部のレンガも幅440mm×高さ85mm×奥行75mmの大型特注サイズとしました。中央で10mm、20mm、30mmの3種類のむくりをつけたものとフラットなものという計4種類の微妙に異なるレンガで構成し、さらに一つひとつ出入りをつけて積み上げることで、通常のレンガでは得られない深い陰影を備えることができたと思います。
インテリアの特徴は、1階エントランスロビーと2階大会議室ホワイエを隔てる高さ8m長さ46mの透かしレンガスクリーンです。レンガは低層部外壁と同様にむくりを設けたものを5,700個、パイプで吊り下げています。1階ロビー側からは視線を遮り、2階ホワイエ側からは「自然光」を柔らかくロビーに導き、それぞれ異なった表情を醸し出しています。間仕切壁もレンガを積み上げることで、無垢の素材が持つ力強さを表現しました。
13階と14階の会員ロビーは、最上階というメリットを最大限に活かすことを考えました。屋上テラスを設けることで、訪れた人が最上階の開放感を意識しながら、室内から外部であるテラス、その向こうに見えるロビー、さらに周囲に広がる大阪中之島の風景を重層的に感じることができる心地よい場となっています。
このように、建物は「素材」「自然光」「構造力」の3要素を関連させ、必要なエレメントのみでシンプルにつくることこそ重要だと思います。私は、絞りこんだ材料の「素材感」を光で引き立て、エレメントを繰り返すことによって「素材感」を際立たせます。モダニズム建築は「冷たい」とか「退屈」などという批判がありますが、私は機能的でシンプルな建築であっても、「温かく」「豊かな」建築としたかったのです。 |
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