2007けんざい
社団法人日本建築材料協会
ホーム お問合せ
会員団体出展者専用ページ 協会の概要 会員名簿 業種別名簿 品目・業種別分類表 統計資料 関連リンク
講演会の予定・講演録
「安全・安心な住宅を手に入れる」

京都大学 名誉教授 巽 和夫氏

安全・安心はどう確保されてきたか
 住宅はもともとシェルター、外部の脅威に対する囲いが基本でした。その意味で、安全・安心は住宅が生まれて以来のテーマです。現代の住宅について言えば、地震、台風、洪水などの自然的要因。火災などの社会的要因。今回の姉歯事件に見られる設計不良や工事の欠陥、アスベストのような不良建材による建築的要因。さらに、結露、カビ、ダニや泥棒、侵入者による居住的要因の4つが、主な危険であり不安といえます。 住宅の安全・安心を確保するために、さまざまな制度が設けられています。代表的なものが、建築物の敷地・構造・設備・用途の最低基準を決めている建築基準法。また、建築士法は、建築技術者の資格を定めて、造り手の面から建築の質の向上を図っている。この2つの法律が1950年(昭和25)にできていることを記憶しておいてください。 近年はさらに、住宅の品質確保と購入者の利益の保護、紛争の解決を目指した住宅品質確保法。住生活の安定確保と向上促進を目指し、住宅ストックの有効活用と環境改善を目的とする住生活基本法が制定されました。さらに、新築住宅の売主に対して保険加入または保証金積み立てを義務付けた住宅瑕疵担保法。機械的な製品、設備や部品などの欠陥による消費者の被害を救済する製造物責任法(Product Liability=PL法)もあります。 一方、法律ではありませんが、旧・住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)の融資基準は、断熱性や耐久性などの基準達成を融資要件とすることで、性能のよい家づくりに貢献してきました。このことは、阪神淡路大震災時の倒壊率の少なさからも明らかです。他にも、地方自治体による建築物安全安心推進計画。あるいは、日本建築住宅協会と健康住宅協会による健康住宅の活動などがあります。日本の住宅の安全・安心は、こうした法令や運動を通して、一定の水準を保ってきたわけです。
飛躍的に拡大した住宅市場
 ところが今、住宅に対する危険と不安が社会に充満しているようです。その背景を探るには、戦後日本の住宅をめぐる環境変化を歴史的に見る必要があります。 変化の一つは、建築の着工床面積・着工戸数の増大です。たとえば、建築着工床面積は、50年(昭和25)ごろは年間3000万m2。それが、73年(昭和48)には3億m2近くまで増え、現在も1億7000万m2前後を保っています。住宅着工戸数も同様で、50年ごろは約30万戸ですが、ピーク時には180万戸。現在も約120万戸で推移しています。 実は、先に挙げた建築基準法や建築士法は、この年間3000万m2・30万戸の時代、木造在来工法全盛時代に制定されています。では、当時の人々は、今日のような建築工事規模を想像していたでしょうか。マンション(この言葉は「大邸宅」という英語とは異なる意味で使われていますが)のような住宅供給方法、あるいはプレハブ工法の広がりを想定していたでしょうか。私は多分、考えていなかったろうと思います。
産業近代化がもたらしたもの
 住宅産業の急速な近代化は、住宅の概念そのものを変えてしまいます。たとえば、1963年(昭和38)と1999年(平成11)の住宅産業構造を比較すると、その変化は明らかです。ひと口でいえば、集合化、耐火造化、工業化・量産化、大規模化・高層化という流れです。 中でも大きな変化だと私が思うのが、住宅メーカーと民間デベロッパーの誕生です。まず、昭和30年代後半から誕生した住宅メーカーによって、住まいは建築物から「商品」に変わりました。商品ですから、各メーカーは売れる住宅を目指さなければならない。その結果、科学技術に基づく工法や設備の改良が行われるようになりますが、半面で広告宣伝費や研究開発費などの間接費がコストの40%を占める、特徴的なコスト構造を生み出します。 一方、マンションなどを手がける民間デベロッパーは、昭和40年代ごろから主流になってきます。これは、企画・設計から施工・販売・管理まで、住宅に関する一連の仕事を全部やるはずですが、実際は大部分を外注して、それを自社でアセンブル(組み立て)する。そして、いかにお客さんに売るかを重視する。投機性の強い土地を扱っているせいで、どうしても投資性・投機性が出てきます。ところが、こうしたデベロッパーを律している法律は、宅地建物取引業法しかありません。私たちは、「デベロッパー法」を作るべきだということを、非常に強く言っております。
スクラップ&ビルド体質の問題
 こうした変化は、わが国の住宅産業に何をもたらしたか。私はそれを「スクラップ&ビルド」体質といっております。大量生産・大量消費・大量廃棄という住宅の耐久消費財化ともいえるでしょう。確かに住宅の数は非常に増えましたが、地価が高い分、建物に投じる金額が非常に少なくなってしまった。結局、質の面の停滞を招いてしまったわけです。 この体質は、需要サイド・供給サイド・社会システムという3者の悪循環の中で定着しております。たとえば〈需要サイド〉、特に若い世代や低所得者層は、借家の水準が低いこともあって、どうしても安い住宅に目を向ける。それが、安物の建物を建て、早く建て替える構造につながるわけです。ところが、これは〈供給サイド〉の産業界にとっても好都合です。低価格・低品質の住宅を供給し、早く回転させた方が、事業機会が増大するからです。一方で、〈社会システム〉もこの傾向を助長する。たとえば、今の固定資産税制では、お金をかけた良質の建物ほど税金が高くなりますから、安上がりな建物の方がいいとなってしまう。その上に中古住宅市場は未整備、賃貸住宅市場も未整備です。皆さん、建前ではこれからはストックの時代だ、いい住宅を造って長く使う時代だと言いますが、供給サイド、需要サイドの本音は違うのではないか。こういう状況では、スクラップ&ビルド体質は容易には解消しないと考えられるわけです。
損なわれた住宅の安全・安心
 このように、住宅産業の近代化は、住宅社会を豊かにした半面、4つの面で安全・安心をも損なったと考えられます。まず、地域の住宅生産システムが崩壊してしまった。出入りの大工さんを中心とする地縁的な信頼関係が変わってしまいました。次に、新建材の功罪。よい新建材も多い反面、アスベストのように有害なもの、シックハウスの原因となるものがある。しかも、その被害は時間が経たないと分かりません。第3は住宅の重装備化。たとえば、高気密・高断熱の住宅が機械換気を必要とするように、増加した住設備が一層の重装備化とエネルギーの大量消費を促しています。最後に、欠陥住宅から超高級住宅まで、という住宅の性能・品質の階層格差。せめて、建築基準法の最低水準を下回る住宅はなくしたい。できれば、それを上回る水準の住宅に持っていきたいものです。 行政の立ち遅れも深刻です。まず、建築基準法の形骸化。着工戸数が基準法施行時の4倍〜6倍になっているのに、建築確認申請を審査する建築主事の数は増えていない。審査が手薄になり、違反が見逃されている結果、基準法は日本の3大ザル法の1つとまで言われている有様です。2点目は、膨大な既存不適格住宅の存在。たとえば、1981年(昭和56)の新耐震基準以前の建物は、ほとんどが既存不適格ですが、千数百万戸あると言われています。早く何とかしないと、来るべき大地震に対応できないのではないかとひやひやしております。3点目は、建築行政システムの弱体化。行政事情で、変化に対応できる人員も予算もない。また、役所内で建物を設計することがほぼなくなったために、建築職員の技量が低下していることも心配です。最後に、住宅政策の転換への不対応。公共から民間、フローからストックへという流れに、法制度がほとんど対応できていません。
安全・安心な住宅社会のために
 では、安全・安心な住宅社会を目指すには、どうすればいいか。私としては、5つの柱を提案したいと思います。 第1の柱は、スクラップ&ビルド型の体質の脱却による「持続可能型のハウジングへの大転換」。そのためには、品確法における耐震等級2〜3相当(現行は1)の超耐震・超寿命住宅を建設する。集合住宅では免震工法も取り入れてはどうかと思います。また、建物の躯体部分(スケルトン)に対する固定資産税の免除。ライフサイクルコストという考え方の導入。資源循環型システムや性能品質確保システムの整備も必要です。 次に、膨大な既存建築物に対する「総合的なストック政策の確立」。具体的には、フロー中心の建築基準法の見直し。ストックに対する指導を含めた総合的な建築行政。違反建築・危険建築への対策強化。狭隘道路や耐震補強、アスベスト対策の推進などが挙げられます。 3本目の柱は、「建築の職能の確立と技能・モラルの向上」。たとえば、すぐれた建物を造るために欠かせない、建築士など建築家・建築技術者の専門分野の確立。専門教育の充実と資格の更新制。モラル教育を含む職能大学院教育の確立。いい仕事を褒め、責任を明確にするための設計者・生産者の顕名化。業務の質・量に対する適正報酬の確立などです。 4番目は、「地域に根ざした住まい・街づくり」。たとえば、住まいのかかりつけ医=ハウスドクターによる住宅の健康管理。地域に住む建築専門家による住宅行政・街づくり行政への参加。地場建材の発掘と活用。これは、私自身も、北山杉や清水焼を使った「京都こだわり住宅」という運動をやっております。さらに、地域コミュニティによる防犯ネットワークの構築などです。 最後の柱として、「居住者・消費者への情報提供」。住宅産業と居住者・消費者との情報ギャップを埋めるために、たとえば公的な住宅情報サービスの提供。青田買いを逆用したマンション工事現場の視察。さらに、幼児から大人までの住教育の充実も大事です。自分の住まいや街についての教育を幼児からやりたい、ということです。(拍手)
一覧に戻る

Copyright (C) 2007 JAPAN BUILDING MATERIALS ASSOCIATION. All rights reserved.