講演会 講演録

  • 2022年6月9日
    地震による建物被害と耐震補強対策(木造住宅編)
    (KENTEN2022特別講演)
    協力:一般社団法人大阪府建築士事務所協会
    株式会社古木屋
    代表取締役社長 立野 弘憲 氏

    きっかけは阪神・淡路大震災

     現在の私は、木造住宅の耐震診断、耐震補強設計・施工、一般住宅の設計・施工を扱っています。また、新潟県中越地震後に、防災士の資格も取得しております。
     こうした活動のきっかけは、1995年の阪神淡路大震災でした。当初は街にも近づけない、状況も分からない。やっと到着した現場は空襲でも受けたような惨状で、しばらく呆然としていたことを覚えています。
     日本で発生する地震には、大きく2種類あります。一つは東日本大震災のように地殻を構成するプレートが動いて起こる海溝型地震、もう一つは阪神・淡路大震災や熊本地震のように活断層のズレが原因となる内陸直下型地震です。一般的に、海溝型の脅威は津波ですが、内陸直下型では建物の被害が多くなります。
     海溝型地震はほぼ100〜150年周期で発生することが分かっています。よく言われている東海地震の場合、直近に起こったのは1854年の安政東海大地震。それから160年以上経っているので、いつ発生してもおかしくないわけです。また、海溝型地震の危険が高まると、内陸直下型地震も起こりやすくなるといわれています。
     阪神淡路大震災では6,434人もの生命が失われましたが、その約8割は発災から15分以内に亡くなったことが分かっています。耐震力のない住宅がいきなり倒壊し、柱や壁、家具によって圧死されたということです。
     建築に携わる者にとって、自分たちが設計・施工した建物で人が命を落としたり、生活の場所を失うことは、あってはならないことです。とりわけ木造住宅の耐震性能向上は待ったなしといえる状況だけに、少しでもその改善に貢献したいと考えております。

    木造住宅の4つの弱点とは

     木造住宅の倒壊の条件は、大きく以下の4つです。逆にこの4つの弱点を改善すれば、木造住宅の地震被害はかなり抑えられます。建築基準法の耐震基準が、制定時の旧耐震(1950年)から、壁量の増加を規定した新耐震基準(1981年)、さらに接合部の強化を定めた2000年基準(2000年)へと改訂されてきたのも、この観点に基づいています。
    ○壁量が少ない
     世間では誤解されているようですが、木造住宅の耐震力のカギは、壁です。いくら太い柱を入れた住宅でも、壁が弱ければ十分な耐震力は得られません。特に新耐震基準以前の住宅は壁量が少なく、耐力不足が懸念されます(図1)。
    ○壁構造のバランスが悪い
     住宅には重心(重量の均衡点)と剛心(耐力壁の剛性の均衡点)がありますが、この2つの位置のズレ(=偏心率)が目安の15%を超えると、建物が回転して倒壊しやすくなります。南向きに大きな開口部を取ったり、重要な壁をリフォームで抜いたりした住宅では、このリスクが高くなりがちです。
    ○接合部が弱い
     阪神・淡路大震災では、新耐震基準を満たした木造住宅で、柱が根元から抜ける「ホゾ抜け」被害が続出しました。壁は強化されましたが接合部は弱いままだったので、そこに力が集中したわけです。このため2000年基準では、強い壁に強い接合部を用いる方針が明記され、土台と柱を緊結するホールダウン金物や、柱・梁をつなぐ接合金物の強化が定められました(図2)。
    ○材料・部材の劣化が多い
     過去の大地震で倒壊した住宅では、シロアリや腐朽菌のために、柱や壁の耐力が落ちている例が多数ありました。また、モルタル壁の場合、内部の木材が蟻害や腐朽によって朽ちてしまい、表面的には無傷でも十分な耐震力が発揮できない例が多く見られます。

    熊本地震の現場から

     2016年に発生した熊本地震は、最大震度7の強烈な揺れが2日続きで発生するという今までにない地震で、全壊8,000戸以上、半壊・一部損壊17万2,000戸以上という桁違いの被害が発生しています。以下、地震発生後の現地調査で気づいた点をご紹介します。
    ○筋交いは万全ではない
     熊本地震でショックだったのは、2000年基準を満たした住宅が倒壊していたことです。詳しく調べてみると、壁面を構造用合板で強化している住宅よりも、筋交いで補強している住宅にやや被害が多いと感じました。2000年基準では筋交いの強化も定められていますが、過信は禁物というのが現場での印象です(図3)。
    ○壁構造のバランスが配慮されていない
     被災住宅の中には、壊れた1階の上に無傷の2階が載っているという事例が多く見られました。リビングやガレージ用に大きな開口部を取ったために、壁構造のバランスが崩れたためではないかと思われます。
    ○モルタル壁の状態に注意
     下地と一体化したモルタル壁は、地震時に壊れることで揺れのエネルギーを吸収し、構造躯体を守る働きをします。熊本地震では、蟻害や腐朽によって下地から浮いたモルタル壁の事例が多く見られました。
    ○在来浴室の壁はもろい
     浴室部分の壁(主にコンクリートブロック造)が屋外に倒れたり、押し出されたりしている住宅が散見されました。防水性を上げるためにブロックで囲ったものの、鉄筋を入れるなどの耐震施工がされなかったのが理由ではないかと思います。
    ○屋根は軽い方が安全
     耐震力という面では、瓦屋根よりもシングル葺などの軽い屋根に軍配が上がります。個人的に瓦屋根は好きなのですが、十分な強度を確保する必要があります。

    木造住宅のリフォーム前に耐震診断を

     近年の住宅リフォームでは、仕切り壁をなるべく少なくし、広々とした間取りにする改修が人気です。しかし、多くの耐震改修を手掛けてきた立場からいえば、「その壁、抜いて大丈夫?」と思う事例が少なくありません。リフォーム前に耐震診断を受けて、問題点を把握していただければと思います。既存住宅補強キットや接合金物・耐震ボードの増設、屋根の軽量化など、耐震力を上げるための方法はいろいろありますので。
     また、震災後も安全な自宅をつくることは、避難生活という面からも重要です。特に、高齢の方、身体の不自由な方、小さなお子さんやペットがいる方は、不慣れな体育館での集団生活より、住み慣れた自宅で暮らす方が、体力的にも精神的にもずっと安心でしょう。昨今、国内ではかなり大きな地震が頻発しているだけに、耐震住宅・耐震補強の必要性をもっと発信していかなければならないなと考えております。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -