講演会 講演録

  • 2022年6月9日
    設計で考える8つのこと
    (KENTEN2022特別講演)
    協力:公益社団法人日本建築家協会 近畿支部
    WHATS 長谷川ワタル建築研究所
    長谷川 渉 氏

    「なつかしい未来」をつくる

     2005年に今の事務所を開設してから、今年で23年になります。その間、個人住宅を中心に、商店や商業施設の新築・リフォームを手掛けてきました。また「大改造!! 劇的ビフォーアフター」というテレビ番組で、7件のリフォームを担当しました。今でもBSの再放送を見た方から連絡をいただくことがあります。
     いろんな設計をさせていただくなかで、設計という仕事が作り出すものは「未来」である思っています。作り出す空間で始まる”新しい暮らし”や “新しい営み”はまさに「未来」ですが、たんに最新の設備や流行のスタイルを取り入れて最先端にするということではありません。クライアントのこれまでの生活や思いに根ざした『 “なつかしい”未来』を感じる空間を作り出したいと思っています。「なつかしい未来」=「たしかに新しいけれども、温もりもある空間」と言えば良いでしょうか。また良い未来を作るために、その空間は「うれしい場所」となり、暮らしや営みは「うれしい時間」となる設計やデザインをしたいと考えます。

    私が手掛けた作品から

    ○一乗寺の家・太秦の家
     京都の狭小敷地の住宅です。一乗寺の家では、リビングを半地下にして、容積をかせいでいます。また、太秦の家では、1階・1.5階・2階を階段でつなぐスキップフロアを採用。いずれも天井高を広く取って、開放感のある空間に仕上げました(図1・2)。
    ○伊勢田の家
     宇治市郊外の個人住宅です。延べ床面積約45坪(約148.5m2)に、年配のご夫婦が生活しておられます。1階は普通に仕上げましたが、2階は下地のみ整えて引渡しとしました。予算面もありますが、将来、お子さん夫婦が帰ってきた時に完成させるということで、内装を自由に変えられるようにと話し合った結果です。
    ○麩屋町通路地奥の家・蔵のある家
     いずれも、古い住宅のリフォーム例です。麩屋町の方は古い京町家でしたが、現在はアパレルショップになっています。蔵のある家では古い蔵をリフォームし、手前の住宅と連結する構成を考えました。
    ○じねんと市場
     地元の京野菜などを直売する「道の駅」のような施設です。この時は、「じねんと(自然と)」というブランドの提案段階から関わりました。後に、地場野菜を中心とする飲食店「じねんと食堂」も併設しています(図3)。
    ○法衣仏具店
     内装の仕事です。店舗兼接客スペースの内装から収納・陳列ケースまで、京都らしい雰囲気のあるものをデザインしました。
    ○ブックハウス
     ショッピングセンターの中の書店です。本棚の手前に円形の陳列棚を置くことで、本の森を散策するイメージを生み出しています。
    ○まるいちカフェ
     昔ながらの漢方薬店を、カフェ併設の店舗にリノベーションしました。漢方のイメージから発想して、店舗部分の内装には自然の杉板を採用しています。
    ○先斗町のリノベーション
     古い京町家を1家族のみの宿泊施設に転用したものです。古都ならではの場所と時間を満喫していただけるよう、内外装とも京都らしさを大切にしています。

    私が設計で大切にしている8つのこと

     「なつかしい未来」としての建築をつくる上で、私が重視しているが、以下の8つのポイントです。
    1)場所: その場所でのふさわしさを考え、その場所ゆえの良さを引き出すこと。
     その場所の自然や環境、建築法規を満たす必要があります。閑静な住宅街なのか、にぎやかな繁華街なのかといった場所性や景観への配慮も大切です。
    2)時間: 環境の変化、時の経過を読み解き、未来をつくりあげること。
     建物自体の耐久性や持続可能性を高めると同時に、歳月の中での住み手 の変化も考慮する必要があります。分かり易いことで言えば、若い施主であっても、老いを踏まえてバリアフリーへの対応をしておくといったようなことです。
    3)空間構成: 機能する空間の繋がりを考え、心地よい繋がり方を生み出すこと。
     これには、水平方向へのつながり(間取り)だけでなく、垂直方向へのつながり(階高・スキップフロア)も含まれます。クライアントの中には○○DK式の発想をされる方も多いので、その場所で誰と何をするのか、どんな時間を過ごすつもりか、一歩踏み込んで聞くことが大切だと感じます。
    4)素材: 空間を目に見えるものにし、感性と繋げるために、色とかたちを与えること。
     床・壁・天井にどんな素材、どんな色彩を使って見える空間にするのか。クライアントが求めている雰囲気(ムード)にふさわしい素材を選ぶようにしています。
    5)建材設備: 手に触れ意識に繋げるべきものこそ、感じさせず意識させないものとすること。
     使う人がその存在を気にしない、その操作の必要をを感じさせない設備・建材の使い方をすること。照明ならば例えば、お昼の太陽を光源として意識する人が少ないことのように光源を感じさせないものを使いたいと思います。
    6)住環境: 住むための機械として生活における機能を持たせ付加される機能を享受させること。
     定められた性能基準を守ることが最低限ですが、通風や断熱、収納や音響など、住む人の心地よさを左右する機能をバランス良く取り入れます。
    7)コスト: 相対的価値を調和させ、絶対的価値を創りだすこと。
     クライアントも設計者も、いいものをつくりたいという思いは同じですが、予算には限度があります。コストをかけるべきところと思い切って省くところのメリハリが大事になることがよくあります。安価な建材や素材を使う時こそ、より工夫して、新しい雰囲気を生み出すように努めています。
    8)文化芸術: 住宅としてだけでなく、建築としてそこにあること。
     建築物は個人のものであると同時に、街のもの、社会のものでもあることを意識しています。クライアントに満足いただくことはもちろんですが、地域の人や通りがかりの人にも美しく、価値があると感じてもらえる建築を目指 しています。
     以上が8つのポイントですが、建築におけるSDGsや透明性などが求められる現在では、新たな項目を追加する必要があるかもしれません。いろいろ考えながら、仕事に取り組んでいきたいと思っています。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -