講演会 講演録

  • 2022年6月9日
    長門市本庁舎 ─ 積層型大規模木造のモデルプロジェクトを目指して ─
    (2022KENTEN特別講演)
    協力:一般社団法人日本建築協会
    株式会社東畑建築事務所
    設計室主管 下田 康晴 氏

    地元産木材を活用した木の香り高い新庁舎

    山口県長門市は日本有数の森林に恵まれた街で、その面積は市域の約75%にもなります。今回の市庁舎建設に当たっても、地元木材を積極的に活用したいとの強い要望がありました(図1)。
     計画の全体概要は以下のとおりです。
    ○構 造:鉄筋コンクリート造+木造(一部鉄骨造)
     ※新庁舎棟については、基礎免振構造を採用
    ○規 模:建築面積1,962.35m2、延べ面積7,202.26m2、高さ22.996m(新庁舎・地上5階建て)(図1)
    ○設計期間:2015年9月〜2017年9月
    ○施工期間:2018年1月着工〜2019年8月(庁舎本体仮供用開始)〜2020年6月(全体竣工)
    ○事業費:約46.8億円(うち新庁舎本体35.7億円)
    ※サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)採択補助金として、5億8,400万円(限度額)を取得
    ○設計・監理:東畑建築事務所・藤田建築設計事務所・M.DESIGN ASSOCIATES一級建築士事務所設計共同企業体
    ○建築工事:熊谷組・安藤建設JV
    ○木材調達・加工:ウッドネット西部やまぐち協同組合・日本木造耐火建築協会JV
     今回使用した木材は、スギ・ヒノキ合計約7,500本・材積約2,300m3。材積の約9割は、集成材加工または一般製材された長門産のスギ材です。これだけ大量の木材を用意するには伐採・乾燥・加工に相当の時間が必要となるため、部材の発注は通常の実施設計後ではなく、基本設計段階での先行発注としています。

    事業の意義と重点ポイント

     今回の事業は、今後の地方自治体における公共建築物等の木造化をけん引する積層型大規模木造のモデルプロジェクトと位置づけられます。設計に当たっては、特に3つのポイントを重視しました。
    ①市民が誇らしく思える木造空間の創出
     1階待合ロビーの上を5層吹抜けとし、一目で全体が見渡せる空間構成を採用。木架構現しの空間が生む美しさと安らぎ、梁型の出ないフラットな天井面がもたらす開放感もポイントです(図2)。
    ②庁舎としての機能性・柔軟性・安全性の確保
     庁舎全体の機能性を高めるため、木の特性を生かした躯体のスリム化を追究。木+RC合成梁による約12mのロングスパンが、オフィス・バックヤードの空間の柔軟性を高めています。さらに、5階建て2時間耐火と免震構造を併用することで、職員・市民の安全性と災害対策本部としての機能性も確保しています。
    ③適材適所の地元産材利用
     新庁舎本体には地元産スギの大断面集成材を、エントランス棟には地元の一般製材を採用。地域の供給能力に十分配慮した上で、適材適所の部材を用いています。

    大規模木造を支える構造計画

     5階建て・延べ面積7,000m2超の木造庁舎を実現するには、適切な構造計画が不可欠です。木造を基本に複数案を比較検討した結果、「木造+RC造のハイブリッド構造・免震構造」を採用することになりました。
     この構造のメリットは、地震時の水平力を建物両端のRC造に負担させること、梁部分に木造+RC造の合成梁を採用することなどにより、梁断面を縮小しつつ約12mのロングスパンが確保できる点です(図3)。
     各フロアは、階高4,200mm、天井高3,520mm、大梁下端2,700mmを確保。天井は地震時の安全を考えて木現しを基本としました。また、空調は床下のOAフロアからにじみ出すような床吹出し空調を採用。居住域の快適性を高め、飛沫などの舞い上がりも抑えています。
     一方、エントランス棟は、一般製材による木造+RC造のハイブリッド構造です。柱や梁は一般材を束ねたり重ねたりして、必要な強度を確保しています。
     なお、防火区画については事前の耐火試験で性能をチェックしています。試験の結果、天井木ルーバーの一部に準不燃化が必要だと分かり、対応を行いました。

    長門の環境を活かした環境配慮型庁舎

     先ほども触れましたが、庁舎中央部に5層の吹抜けが設けられています。エコボイドと名づけたこの空間は、トップライトとハイサイドライトによる自然採光・自然通風を確保する役目を果たしています。事前のシミュレーションでは、ハイサイドライトによる自然通風の促進効果や熱の排出効果が確認されました。
     また、吹抜けまわりでは床吹出しスリットと天井の層流ファンを用いてエアバリアを構築。吹抜けによる熱損失を抑えられることを確認しています。
     窓の外側には日射遮蔽・外壁保護・バルコニーのメンテナンススペースを兼用する多機能庇を設置。上昇式ロールスクリーンと併用することで、直射日光を遮り、間接光・拡散光のみを取り入れることができます。

    長門の文化・技術とのコラボレーション

    ○積層ガラスアート
     エントランス棟前の市民広場に、長門市を代表する詩人・金子みすゞさんの詩を刻んだ積層ガラスアートを設置。左官擁壁の天端に3つの詩を配置することで、子どもと大人が一緒に読めるように配慮しています。
    ○回廊待合ベンチ
     エントランス棟につながる回廊の一画を、ベンチのある待合所として確保。長門市生まれの地中熱利用換気システムを活用することで、屋外においても、夏涼しく冬暖かな風を感じられる場所になっています。
    ○萩焼陶板タイル
     5つある萩焼窯元の作家の方々に、「長門の自然」をテーマにした萩焼陶板壁画の製作を依頼。味わいある陶板が、本庁舎1〜5階のロビーを飾っています。
    ○市長室・応接室
     壁面の一部に、萩焼特殊形状タイルと長門産土壁かき落とし仕上げを採用。重厚な意匠を実現しています。
    ○エントランス棟
     ヒノキ製材加工の天井、シイノキフローリングの床、長門産土壁積層仕上げの壁のコラボレーションにより、風合い豊かな空間を創出しています。
    ○版築ワークショップ
     街の将来を担う子どもたちが市役所づくりに参加できるように、という思いから生まれたワークショップです。「長門の色」をテーマに市民広場の床ブロックのデザインを考えてもらい、左官職人の指導のもと、版築工法により色土を集積してもらいました。敷設式では、子どもたちの手で自作のブロックを敷いてもらい、好評でした。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -