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2022年6月9日「建築材料と心眼(観の目)」
(KENTEN2022特別講演)株式会社日本設計 建築設計部 フェロー
日本建築家協会 近畿支部長
松尾 和生 氏「観の目」はものの本質、本物を見抜く力
「観の目」とは、宮本武蔵の『五輪書』に出てくる言葉です。心眼(観の目)の考え方は自分の中での判断材料として大きな影響を与えています。目に見えるものではなく、心の中に芽生えるものが必ず建築の設計には必要であると考えています。
私が今まで33年間にわたって設計してきた建築を簡単に紹介します。NHK大阪ホール、その他の外装などは若い頃に手掛けました。その後、阪神淡路大震災後のNHK神戸放送会館にも携わりました。関西大学、同志社大学、流通科学大学など、大学も多数設計しました。
宗教施設も多く、世界救世教平安郷研修センター、子羊の群れキリスト教会などがあります。最近では高知城歴史博物館、高浜町役場、そして最新が、本講演でお話しする新今宮のOMO7(おもせぶん)大阪です(図1、2)。材料の表面を「見る」のではなく、奥底を「観る」
禅、茶道、盆栽、骨董、水墨、空手。これ何の脈絡もないような気がしますけれども、これに全て「観の目」が入ってきます。盆栽は経年による樹木の変化をイメージしてつくっていくわけで、ここに五感以外のいわゆる第六感が出てきます。
空手は、例えば相手がどういう突きや蹴りをしてくるかに執着してしまうと負ける。相手の腕や足などを見てしまうと負けるわけです。だから、相手を見ているようで見ていない。これがおそらく宮本武蔵の『五輪書』に書かれている「観の目」です。この「観の目」は、リアルで会えることが一番大事であって、オンラインでは伝わらず、生まれないと考えています。「間(ま)」とは余剰のことです。空手で戦う2人の間(あいだ)が「間(ま)」です。茶道でいうと師範と弟子との間で交わされるもの、秀吉と利休の間で交わされるもの。そのような、五感を超えて感じられる第六感をいうのかなと思います。この「間」(余剰、余分)を生み出すことは、美意識や「観性」「観心」に深い関係性があります。
『五輪書』では「観の目」を強く、「見の目」を弱くし、敵の太刀の位置を知ってもその太刀を見ないことが大事だと説かれています。これを建築材料に置き換えると、材料の表面だけを見ずに奥底を「観る」ということになります。例えば素材が時間によってどう変化していくかを経験的に知るといった具合に。これが本物を見抜く力につながります。オンラインの長期化は「観の目」を鈍らせる?
コロナ以降、リアルが激減してオンラインが激増した結果、リアルとオンラインの断層のようなものが生まれました。遠くの人が近くなり、近くの人は遠くなって、人の距離感や時間の感覚や価値観などがかなり変化しました。建築には外観、内観、そして景観があって、全部「観」なのです。「観」は観察の観であり観光の観です。ただ、オンラインが長くなると、この「観の目」がどんどん鈍って、それが美意識や感性に影響するのではないかと私は考えるようになりました。
リアルからオンラインの先に位置するのがバーチャルともいえますが、リアルが五感を使うのに対してバーチャルもオンラインも視覚聴覚だけ。建築でいうとリアルはサンプルや商品、現場自体であり、バーチャルはCG、VR、Webカタログに該当します。視覚と聴覚だけでは「知る」ことしかできず、心に感じることはできません。だからKENTENのようにリアルに素材や商品を見ることは、とても大事なことだと思うのです。都会の未来図を体現したOMO7(おもせぶん)大阪
新今宮にある星野リゾートのホテル「OMO7大阪」についてお話しします。最大の特徴は国内初の「膜外装」で、アルミのフレームに膜の素材を貼った外観です。
最初に、「緑あふれる大きな広場をつくって、そこを通る人のイメージをガラッと変えたい」と星野代表と共に未来図を描いていました。これが今の現実のOMO7につながったわけですから、まさにはじめに描いた未来図は「観の目」が働いたものだったといえます。
星野リゾートからは「グランドコンセプトを表現したい!」「環境技術を可視化させたい!」「ワクワクする建築にしたい!」という三つのリクエストがあり、それぞれに「おもしろい・おもてなし」「ダブルレイヤー」「うごき」を対応させて表現しました。設計のほか、グラフィックデザイン、照明デザイン、ランドスケープやインテリアなどのエキスパートと協力関係を結んでプロジェクトチームを構成しました。ブランディングと建築イメージの融合
私は建築のイメージを以下のように表現しました。
雑踏の中での安らぎと静けさを
暗、怒、疲を明るく元気に
乾いた苦しみの街を緑潤う街に
人を守る魔除け・良い気の流れ
一つの建築から始まる地域の未来創造
この界隈は日雇い労働者のまちなので、つらく暗い場所というディープなイメージがありますが、そこを少しでも明るく元気にしたいという思いが建築の原動力になっています。そこで、設計の際に「Design、Innovation、Heritage、Environment、Sustainable」を念頭に置き、「未来創造で技術革新ができ、周辺環境や地球環境の影響を考え、歴史・風土・伝統の継承が行われ、永続的な建築技術の維持管理ができるもの」にしていきたいと考えて進めていきました。
「どんな建築にするか」のイメージを設計に落とし込んでいく考え方のプロセスは、次のようなものです。
古代、この地域は海で交通の要衝でした。「海」からは船と帆を想起。「交通の要衝」なら電車の往来があるのでアクティブになる。そして「小さな街並みに大きなボリューム」の建築ができるとどうなるかを考えたとき、景観配慮が必要だろうと思いました。
また、「キーワード⇔造形言語⇔イメージ」という考え方で、どんどんイメージ変換していきます。「おもしろい」「アクティブ」「景観配慮」などのキーワードから、「ランダムパターン」で「分節化」することによって、電車が行ったり来たりするようなイメージが生まれてくるのではないか? 「おもてなし」「ダブルレイヤー」は「膜で包み込む」。膜でお客様を包み込むことによって柔らかいイメージができるんじゃないか? 帆船によって環境技術対応ができるんじゃないか? 日射遮蔽できる柔らかい膜素材を使うことによって、これからの地球温暖化に対しての回答が何かつくれるのではないか……? このようなことを考えていきました。
さらに、神様、折紙、風呂敷、麻の葉文様、電車+北前船などのキーワードが「観の目」の中でぐるぐる巡っていました。これが巡り巡って「技術は進化するほど軽量化+強靭化する」という理想に行き着いたわけです。日射負荷を低減し脱炭素化に貢献する膜外装
外装の膜材は非常に軽量です。膜はすだれと同じ効果を持ち、太陽光の日射負荷を低減するための手法として利用されています。この素材は「フッ素樹脂酸化光触媒膜」というもので、雨が当たると汚れが落ちるという浄化作用があるのでメンテナンスが不要です(図3)。
OMO7周辺の温度分布を見ると、「みやぐりん」(植栽で緑化されたガーデンエリア)が他の部分より4〜5℃度低いことが分かります。コンクリートや鉄骨でできた他のビルは全て真っ赤で示されていますが、膜外装を持つOMO7の温度はそれらより明らかに低くなっています。ヒートアイランド現象を緩和しているのです。
膜外装は、都会を明るくするためのビジョンを映し出すスクリーンにもなっています。膜外装に装着したLEDの照明を制御して、花火、桜吹雪、紅葉、雪の結晶ほか、さまざまな映像を流すことができます。昼間は真っ白なキャンバスとなり、樹木の葉の影が映り込み、夜間は樹木の影が映り込んで、それぞれ自然の恵みを感じ取れるようになっています。伝統的文化をモチーフに:麻の葉文様と折紙
麻の葉文様をはじめとして日本の伝統文化をモチーフにしたさまざまな意匠の建材を創作しました(図4)。古来日本では、生まれた子に麻の葉文様の産着を着せ、魔除けとしていました。ここでは、お客様を守るための意味合いで麻の葉文様を取り入れました。壁の麻の葉タイルは織部製陶、天井の麻の葉キャストは伝来工房、屋根の麻の葉パネルは安田株式会社の製作です。
この屋根は意匠性はもちろん断熱性と軽量化で外皮として優れた性能を有します。外皮性能の向上で冷暖房負荷は減り、その結果カーボンニュートラルにふさわしい建築となります。それだけでなく、省力化、防汚性、伝承性、施工性、追従性など全てにわたって高機能なパネルといえます。本展示会で安田のブースに実物が展示されていますが、まさにこれこそが本質を追求したデザインであることを感じ取っていただけるでしょう(図5)。
折紙モチーフは、屋根の合掌折板に取り入れました。3.2mmの鉄板を折り曲げることによって面剛性が格段に高くなるのです。合掌折板の剛性があれば非常に深い軒ができるので、これも日射負荷、冷暖房負荷の低減に貢献します。ラウンジの軒をご覧になると分かるのですが、4mの軒がラウンジと「みやぐりん」をつなぐ空間を形成しています(図6、7)。一つの建築が未来の都市環境を変えていく
もし皆さんがこのOMO7を利用される場合、私のおすすめは南東の角部屋です。左手に通天閣、右手にあべのハルカスが見えます。宿泊料も、1人12,000円程度です。決して高くはありませんのでぜひ泊まっていただければと思います。4人泊まれる客室は60㎡で、間口10mの大きな窓からの眺望が最高です。たまたまこの界隈が開発されていないため、ホテルから全部見えるのです。特に夜景は大阪とは思えないほど美しく見えます。反対にあべのハルカスからOMO7を見ると、本当にキャンバスのように見えます。
このように、一つの建築が未来の都市環境を変えていく原動力になり、未来創造につながれば、われわれは幸せを感じます。いつもそういう思いで設計活動をしていますし、これからも続けていきたいと思っています。