講演会 講演録

  • 2024年8月8日
    「理想のすまいと建築フェア2024」一般社団法人日本建築協会特別セミナー
    「100年前の最先端住宅『聴竹居』」
    松隈 章氏 (一般社団法人聴竹居倶楽部 代表理事/株式会社竹中工務店 設計本部設計企画部)

    ■建築環境工学の礎を築いた建築家・藤井厚二

     「聴竹居(ちょうちくきょ)」は建築家・藤井厚二(1888‐1938)が5回目の自邸として設計した日本家屋で、国の重要文化財でもあります。藤井厚二は建築環境工学の礎を築いた建築家であると同時に、竹中工務店の設計組織の礎を築いた人物です。自らが確立した建築設備(現在の環境工学)研究を生かし、真に日本の気候・風土に適合した「日本の住宅」を実現しようとした最初の建築家の一人です。
     1913年に東京帝国大学を卒業して竹中工務店に入社した藤井は、大阪朝日新聞社など主にオフィスビルの設計を手掛けます。6年後の1919年に退社後欧米を視察、帰国後に京都帝国大学建築学科で教鞭をとります。関東大震災ではすぐさまその惨状を現地視察。1926年に同大学教授となり、1928年に聴竹居を建てました。しかしそこに住んでわずか10年足らずで他界しました。
     藤井が著した「日本の住宅」(1928年、岩波書店)は環境工学の理論書理論書であり、そこでは和風・洋風の二つの様式について10項目を比較・考察して、それぞれの長所に拠った様式を取り入れるべきだと説かれています。聴竹居では椅子の生活・畳の生活が共存できる工夫がなされ、日本の気候風土に適した建築材料が選択されています。さらに同書では、「気候」「設備」「夏の設備」「趣味」という章立てで和風・洋風住宅の長短を明確にしながら、日本の住宅には何が必要なのかについて自説を展開しています。
     藤井による「日本の住宅」の現代性をまとめると、一つが「日本の気候風土や自然環境の環境効果の点から解明し設計に活用したこと」です。4回に及ぶ自邸の建設でこれを実験・実践し、集大成として聴竹居にて実践されたわけです。そしてもう一つが「ライフスタイルも含めた洋と和の技術とデザインが統合されていること」。日本元来の暮らしを椅子や電気のある生活と融合させる、今で言うところのタイムレスなデザインになっていたのではないでしょうか。藤井が試みたのは、和洋折衷ではなく「和の進化」だったと私は思います。

    ■「聴竹居」―5回も建てた自邸で続けた改良

    【第1回住宅(1915)】竹中工務店時代、27歳

     最初の住宅は2階建てでした。藤井はこの住宅について「住宅をもっと愉快な便利なもの楽しいものにしたいと思っていたが、物足らぬ点が多かった」とし、「旧来の住宅を姑息に改良しても駄目で、思い切って根本的に改良しなければならぬ。欧米の生活状態、住宅、気候風土を調べて見物に行き、帰ってきて改良を試みた住宅を建築してみた」と2回目を建てたことを書き記していました。1回目で既に、以降何度も建てる必要があると悟っていたわけです。

    【第2回住宅(1920)】京都大学時代、32歳

     2回目は平屋。プランとパースしか残存しませんが、畳のスペースと椅子の食卓が同じ空間に共存していることが分かります。

    【第3回住宅(1922)】京都大学時代、34歳

     3回目は家族が増えたので再び2階建てを試します。しかし上下に分かれた家は結局使いにくかったようです。さらに、完成の翌年に関東大震災が起こり、現地視察に行った藤井は、重い瓦屋根の家屋が倒壊しているのを目の当たりにして、以降は全部平屋にしました。

    【第4回住宅(1924)】京都大学時代、36歳

     現在の聴竹居の姿にかなり近づきました。藤井の家族はここに住まず、3回目の家から5回目の聴竹居に引っ越します。藤井自身は、ここで全てを確認した上で最後の5回目である聴竹居を建てました。

    【第5回住宅「聴竹居」(1928)】京都大学時代、40歳

     竣工当時の写真を見ると、男山を背景に宇治川・木津川・桂川の三川が合流する雄大な景色が広がっています。この眺めを堪能するのに一番よい場所に聴竹居を建てたようです。藤井は著書「THE JAPANESE DWELLING-HOUSE」(英語版の「日本の住宅」)で、「外観もやはりとても魅力的なもので、石と煉瓦による建物の特徴である厳格さはない。日本の住宅は壮大で感動的な要素は持たない。ただ、見る者全てに慕われるような魅力がある。さらに、コンクリートなどの人工的な素材が比較的少ないために、より容易にありのままで周囲の自然に順応する」と述べています。聴竹居の魅力をこんなふうに英語で世界に発信していたんですね。
    「其の国の建築を代表するものは住宅建築である」とは、私が好きな藤井の言葉です。彼は竹中工務店時代にビルを多く手掛けましたが、退職し京大に移って以降は住宅以外つくっていません。日本の住宅レベルを最先端に上げるために建築家が必要なのだと考え、住宅設計に専念しました。
     現在の聴竹居は、本屋・閑室・茶室の3棟が保存され、重要文化財になっています(図1~3)。藤井が聴竹居で実現したのは主に次の3点です。①背後の天王山に抗わない緩やかな屋根で自然に同化させ、②縁側に設けた柱のない3面ガラスの横連窓から四季折々の景色、男山、三川合流を取り込み、③夏は強い日差しが室内に入らず、冬は日射しが奥まで届くよう、さらに梅雨でも窓を開閉できるよう全ての窓に軒や庇を設けている。

    ■藤井が実現したかった「日本の住宅」の普及

     藤井厚二が本当に実現したかったのは、日本住宅のスタンダードな様式を追求し、普及させることです。彼が「普通の日本の住宅」として手掛けた注文住宅を見ると、柱が外観上見える真壁、腰板張り・漆喰壁、黒い瓦屋根が共通していることが分かります。これは、壁が黄色く横連窓を持つ大壁の聴竹居とは異なります。つまり藤井が日本で普及させたかった住宅と、世界に発信したかった理想形は違っていたわけです。
     藤井が聴竹居で実現した「日本の住宅」の理想形は、日本の気候風土や感性に合った元来の住宅に、新しい生活文化を取り入れて“愉快に”“便利に”“楽しく”暮らせる住まいでした。聴竹居では、椅子と座敷・畳が共存し、家事労働を軽減する家電が揃い、茶道の古い伝統に拘泥しない閑室があり、旧来の形骸化されていない、洋間にも合う床の間がしつらえられていました。

    次代に引き継ぐために─聴竹居の保存修理事業

     2018~2023年、約5年を費やして修理工事を行いました。茶室は全解体保存修理工事、本屋と閑室は内部・外部の修理工事です。さらに大阪北部地震と台風21号で被害を受けたので地滑り対策工事も加わり、火災に備えて放水銃などの防災施設を整備する工事も実施しました。2023年の春に最後の外構庭園整備工事が完了し、同年9月に全面公開できるようになりました。

     
    「理想のすまいと建築フェア2024」公益社団法人日本建築家協会近畿支部特別セミナー
    「住まいを設計するときに考えていること」
    奥野 八十八氏(株式会社アトリエ・ブリコラージュ一級建築士事務所 代表取締役)

    ■街と風景に住まいをひらく

     私は京都で設計事務所を営んでいます。手掛ける案件の約半分が戸建ての注文住宅で、施主様と理想の住まいを共に考えるという立場で仕事をしております。今回、その中から3件の事例を紹介します。
     まず、「御所西の家/un-fold」(京都市)です。これは、「街と風景に住まいをひらく」というコンセプトで設計しました。場所は京都御所のすぐ西に位置する正方形の更地でした。周囲の建物との関係、採光、窓から見える風景など、いろいろ考えた結果、正方形の対角線上に二つの棟(2層と3層)を置き、反対の対角線上に二つの庭を配置しました。これは、隣家の庭にも日が入り、かつ庭との接線が長くなってこの住まい自身の庭との関係が多様になるのではないかという狙いがありました。正面から見ると分かるのですが、3階建ての棟は道路から離してできる限り奥へ置き、圧迫感の少ない建ち方を考えました。
     この住まいには半地下があり、これが住まいを街にひらく仕掛けの一つです。多目的に使えるイベントスペース(サロン)を設け、人が集まれるようにしました。庭に面したサロンは夜間には明かりがともり、訪問客を誘導します(図1)。テナント貸しのワークスペースもあり、こちらも庭に面しています。サロンとレンタルオフィスの両方に他人が入り込みながら、住人のプライベートな生活がその上階に乗っているような状態です。
     サロン、ワークスペース、上階の部屋と、一つの庭をいくつものスペースから眺めることができ、かつ視線が交錯せずに過ごせるようになっています。また2階にあるメインのLDKからは隣家の庭も御所の緑も視認できます。このような緑の重なり合いを住まいに取り込もうと思い、大きなガラス面をしつらえています。住宅地の中でも、プライバシーを守りながら家のそこここに緑の景色を視界にとらえることができるのです。

    ■歴史と記憶を引き継ぐ

     次の事例が「源光寺庫裏(くり)」(大阪市)です。住職の生活の場である庫裏を、安心・安全で快適な住まいに改装しました。最初の調査で分かったのは、この庫裏は最初期に建てられた形から1部屋、2部屋……と次々に増築され続けて、動線が混乱したまま部屋で埋まってしまったものだということです。その結果、最初期にあったメインの座敷周辺の住環境が損なわれてしまったようでした。
     源光寺は現在、若い住職夫婦が継いでいます。私は住環境を回復するため、減築や機能の移動などによって、当初の住空間であった6部屋とそれを囲む四つの庭で再構成してみたいと思いました。難しいのは、お寺が一般住宅とは全く異なる使われ方をする建物だという点でした。檀家さんが集まったり他のお寺との会合を開いたりなど、人の出入りも多いので、パブリックとプライベートが分かれていません。そこで、本堂をパブリックととらえたときに、プライベートとの間にコモン(中間地帯)を設定してはどうだろうかと考えました。本堂から離れるにつれプライベート感が高まり、緩やかに住人のプライバシーを現代的な形で守りつつ、檀家さんはじめ来客に対しては閉鎖的でなくウェルカムな雰囲気も残せるよう提案してみました。
     本堂と庫裏をつなぐ正面の門を入ったところは、奥にある庭がしっかり見えるよう窓を開け直し、明るく見通しのよい空間としました。旧ガレージは駐輪場兼納戸にリニューアル。シャッターが道路に面しているので、ゆくゆくはこのスペースを開放して地蔵盆を復活させたいとのご希望でした。
     一箇所、板張りの天井を取り去って吹き抜けをつくりました。見違えるような開放感あふれる空間に変貌しましたが、大規模地震を想定した耐震性能確保にも工夫を凝らしました。土壁は揺れに対して粘り強いので古いものを残したのですが、土壁の構造上、断熱材が入れられないため、古い壁の内側に入れ子で断熱用の箱を設置しました。将来、今よりはるかに高性能の断熱材が登場するでしょうから、その時に入れ子を取り除いて改めて断熱改修してもらえばよいという考えです(図2)。
     屋根断熱も同様の考えで行いました。断熱材は全て入れ直しましたが、将来の改修を想定していつでも外せるディテールにしてあります。
    私たちのような設計の専門家は、自分の仕事がその建物の到達点だと考えがちですが、そうではありません。源光寺は江戸末期から幾度も増改築を繰り返し、令和の今また大改装してさらに長く使われていきます。だからきっとこの先、また改修の時が訪れます。私はバトンを受け取り、次に渡すために間にいる存在なのだと、この仕事で改めて実感しました。将来につなげるための一工夫を施したのも、それを示したかったからです。

    ■市中の山居を考える

     最後の「出水の家」(京都市)は、非常に密集した住宅地に建てた住まいで、周囲には戸建て住宅や5階建てマンション、倉庫や事務所が隙間なく建ち並んでいます。
     いかにして光を取り込もうかと考えた末、最初に考えた案は、南側半分を全部庭にした極端に細長い家でした。しかしその案ではどうしても面積が足りなかったため、要所だけを庭に張り出させることにしました。全部きれいに庭にしてしまおうと考えていた部分にいくつかの張り出し部分が生じ、まるで複数の坪庭が連なっているような景色に変わってきたのですが、それがとても京都的に感じられました。
     横から見ると棟ごとに屋根のかかり方が違い、周囲の建物のスケールにそれとなくなじんでいることが分かります。この住まいのコンセプトは「市中の山居を考える」。重要なのは、十分に採光しながら隣家からの視線は遮断し、かつ庭への眺めが楽しめるようにすることでした。
     リビング・ダイニングの南側は、採光がほとんど望めなかったため壁で埋め、東西の低い窓から光を引き込むと同時に高窓も設置しました。上と下から採光して、斜め上から中が見えないような位置に障子をはめ込んでいます(図3)。庭と隣地の間には目隠し壁を設け、隣家が建てたブロック塀が地震で万一こちらの目隠し壁ごと倒れて住人の命が危険にさらされることのないよう、鉄骨で補強しました。
     奥の座敷も隣家の上方の窓から見下ろせる位置にあるため、採光可能な限界まで障子を小さく低くし(1,200㎜)、室内のインテリアをうまく整えながら目線を切る工夫をしています。2方向を開けているので、低い窓でも十分明るさを感じられます。和室では畳に座るので、座ったときにちょうどよい高さで庭が見えるよう設計し、目線に合うような低木で植栽をしつらえました。
     夕方の景色は、庭のライトアップも相まってとても美しいものです。室内と庭の照明のバランスにはいつも細心の注意を払っています。日が落ちると、リビング・ダイニングの高窓が光で行燈のように浮かび上がり、視線を遮るためにはめ込まれた障子はぼんやり光っています。いろいろなアイデアの結集で、このような住宅密集地でも落ち着いた山居の風情を醸し出すことができるという事例でした。

     
    「理想のすまいと建築フェア2024」公益社団法人 大阪府建築士会特別セミナー
    「建築省エネ法とZEB・ZEHとの関わり方」
    岩岸 克浩氏(公益社団法人 大阪府建築士会 理事)

    経産省による「ZEBロードマップ」とは

     「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」は、快適な環境を保ちながら高効率設備や高断熱化によってできる限りの省エネルギーに努め、太陽光発電などの創エネでエネルギーをつくり、プラスマイナスゼロにする考え方です。経産省では「ZEBロードマップ検討委員会」が設置され、施策や目標を発信しています。
     事務所、学校、病院、ホテルなど公共性の高い建築物は、災害時でもエネルギー的に自立できる機能が必要なため、「2030年までに新築建築物の平均でZEB化を実現」という目標が設定されています。今がすでに2024年なので目標達成のハードルは高そうですが、ZEBロードマップ委員会ではまずZEBの定義と評価方法、実現可能性、ZEBの普及方策が検討されました。

    ZEB設定までの課題~定義・評価方法の検討

     エネルギーを極力必要とせず、上手に建物を使うことが基本となります。高断熱化、日射遮蔽、昼光利用などのパッシブ手法を利用して省エネ化を図り、省エネ基準よりも50%以上の省エネをZEB基準(ZEB Ready)として設定し、まずはこれをベースとしています。「いよいよZEBを始めます」というスタートラインとお考えください。50%以上の省エネを満たした上で太陽光発電などにより創エネして、正味ゼロを目指すというわけです。これは省エネ度合いによって区分があり、50%以上の省エネ「ZEB Ready」をベースに、正味で75%以上の省エネが「Nearly ZEB」、100%以上(完全な正味ゼロ)がZEB、この三つを指して「ZEB化された建物」としています。
     定義・評価のイメージは、「エネルギー自立」です。再生可能エネルギーの導入で上方のZEBに近づけていくという流れになっています(図1)。

    ZEB実現に向けた普及方策

     ZEBを普及させるには、設計ノウハウの構築やガイドライン策定、低コスト化のための支援、技術支援、ZEB認知のための広報が必要です。また建物の階層が増えるほど、容積率が大きくなるほど創エネのための相対面積が小さくなって普及のハードルが上がります。また、認定低炭素建築物、CASBEE、LEEDなど他の類似指標との比較を整理した上でZEBのメリットなどに関する説明が必要になってくると思います。

    ZEH実現に向け省エネ基準が段階的に引き上げられる

     次に国交省の「住宅・建築物の省エネ・省CO2施策と等に関する支援事業の動向」についてご紹介しますZEB がビルであるのに対し、ZEHは住宅を意味します。建築物省エネ法の改正により、以前は届け出義務でよかった省エネ基準が適合義務となり、面積も関係なくなります。従って全てを省エネ基準に適合させなければならない状態に今後なっていくのは確定的です。
     また、2025年4月からは建築基準法自体が変わり、いわゆる4号建物も廃止されるなど、木造建築物のあり方も変わります。今は建築や省エネの変化の過渡期なので、皆さまも情報のアップデートには最新の注意を払っていただければと思います。
     現在は、省エネ基準の段階的な引き上げを見据えた、より高い省エネ性能の確保を目指し、省エネ関係に関する技術基準などを検討しているところです。

    ・誘導基準などの見直し

     ZEH・ZEB水準に相当する省エネ性能への引き上げです。一次エネルギーは再エネを除いて住宅が0.9→0.8へ、非住宅が0.8→0.6または0.7までの削減が求められます。

    ・低炭素建築物認定基準(エコまち法)の見直し

     こちらも全て省エネ基準の引き上げに伴って行われるので、考慮に入れておく必要があります。

    ・ZEH水準およびZEB水準を上回る等級の設定

     等級の設定が今行われているところです。このような等級設定によって省エネ建築であることをアピールしやすい環境をつくり、融資を受けやすくします。
     ほかに、共同住宅などの住戸間の熱損失の取り扱いの合理化、住宅の誘導基準の水準の仕様基準の新設、大規模非住宅建築物に係る省エネ基準の引き上げといった見直しが行われます。

    共同住宅における住戸間の熱損失計算の合理化

     最も皆さまの関心が高いのは住宅なので、国交省による共同住宅の外皮性能の評価単位の見直しと仕様基準新設について解説します。
     共同住宅では、隣に住戸がある場合とない場合(角部屋)では熱損失の条件が変わるとされていましたが、実態を踏まえ、これまで見込まれていなかった隣接住戸からの熱流入も考慮した計算方法に見直されました。改正前は隣接空間が住戸である場合の温度差係数が0.05または0.15だったものが、改正後には0となりました(図2)。
     新設の仕様基準は、省エネ計算によらず、ZEH水準の省エネ性能(誘導基準など)の適合確認が可能となる仕様基準を設定するというものです(図3)。要はコンピュータで精緻に計算せずとも、「こういう材料でこういう仕様にすれば満たしていると見なしますよ」というこれまでなかった基準が導入されたのです。例えば今までは防火の観点から認められていなかった樹脂製枠、断熱性能を向上させた断熱材の厚み、エアコン、給湯器、高断熱の浴室など、いずれも性能が上がっているので改正後は基準をクリアできるようになりました。
     取り扱いのWEBプログラムは非住宅ではすでに正式公開されていますが、バージョンは基準改正に伴い更新されているため、省エネ計算などを行う場合は、今使用しているものをコピー&ペーストするのではなく、必ずもう一度最新のバージョンをダウンロードしてください。

    建物を改修してZEB化するときのコスト感

     改修によって既存建築をZEB化することによってどれくらいエネルギー消費を削減できるかを分かりやすく可視化したパンフレットも国から出ています。ZEB化の費用が気になるところですが、ランニングコストを考えるとペイできるはずです。非常にざっくり申し上げるなら、設備機器の寿命などを考慮すれば、7年間のランニングコストでペイできるか否かが見極めのポイント。ご参考にしていただければと思います。

    3省連携の補助事業を活用してZEH対策を

     3省連携で推進する「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス推進に向けた取り組み」は、定額で100万円、140万円といった補助が出る、かなりメリットの大きな補助事業です。戸建て住宅はLCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)、次世代ZEH+、ZEH+、ZEHがあり、集集合住宅はZEH-M(ゼッチマンション)が対象となっており、それぞれに支援制度が設けられています。
     例えば外皮の高断熱化、高効率給湯器の導入を行ったZEHの場合、1戸当たり140万円の補助が受けられます。LCCMの場合は太陽光パネルや太陽集熱パネルの導入、地域木材の利用などでLCCO2(ライフサイクルCO2)が正味ゼロであることが基本要件です。このような制度の利用をお客さまにご提案し、得た補助金を設計や設備導入に役立てるのが得策ではないかと考えます。
     当会で編纂した『建築物の省エネ設計技術』では、建築物適合判定に備えるため、省エネ性能向上の手法、技術、データを詳しく解説しています。特に来年以降、ZEHを見据えて省エネの基準が厳しくなるので、皆さま方もしっかり対策していただければと思います。

    「理想のすまいと建築フェア2024」一般社団法人大阪府建築士事務所協会特別セミナー
    「震災から命を守る家造り」
    立野 弘憲氏(一般社団法人大阪府建築士事務所協会/株式会社古木屋 代表取締役)

    阪神の震災以降、耐震化が推進されてきている

     私は木造建築の耐震診断、耐震補強設計・工事を専門とし、併せて住宅リフォームも手掛けています。木造住宅の耐震化が重視されるようになったのは1995(平成7)年の阪神・淡路大震災以降で、国も各種の補助金制度を用意して既存住宅の耐震化を推進してはいるのですが、思うように進んでいないのが現状です。「雨が漏った」「給湯器から湯が出ない」などのトラブルにはすぐ対応する一方で、いつ来るか分からない震災への備えには腰が重くなるものです。
     防災で一番大事なのは、まず自分の命を守ることです。自助・共助・公助も、自分の命があることが前提。これは頭に入れておいてほしいと思います。

    日本はいつどこで地震が起こってもおかしくない

     「次は日本のどこで地震が起こるか」「阪神があったから大阪にはまだ来ないんじゃないか」などと言っている人がいますが、はっきり言って日本にいる限りどこで地震が起こってもおかしくありません。現に全世界で発生した地震マグニチュード6以上の20.8%はこの小さな日本で発生しています。
     地震は海溝型地震と内陸直下型地震に大別されます。海溝型地震は大陸側のプレートの下に海側のプレートが潜り込んでひずみ、その反発力で起こるもので、東日本大震災が当てはまります。将来起こる東海・東南海・南海地震も海溝型地震です。大きくゆっくり揺れる特性があり、耐震性の低い高層建築物が被害を受けやすくなります。津波が起こるのも特徴です。
     内陸直下型地震は直下にある活断層が動いて揺れを起こすもので、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、熊本地震がこれに当たります。突然激しく揺れ出し、低層の建築物でも被害が大きくなります。阪神・淡路大震災では多くの建物が倒壊しましたが、神戸のまちがあの状態になるのにかかった時間は約20秒に過ぎませんでした。6,000人を超える死者の約8割は圧死で、地震発生の5時46分から6時までの14分間で亡くなりました。

    地震のたびに改正されてきた建築基準法

     地震には「活動期」と「静穏期」があり、戦後の1950年から約50年間は静穏期でした。阪神の地震を皮切りに21世紀からまた活動期に入り、毎年のようにどこかで地震が起こっています。東海・東南海・南海地震もこの活動期に必ずやって来る地震です。
     建築基準法の変遷を見ると、地震後に改正というパターンが繰り返されていることが分かります。1981(昭和56)年に壁量を増やした「新耐震基準」が制定され、2000(平成12)年に木造住宅の接合部に関する規定「継手及び仕口の構造方法」が加わり、接合部には金物が必要となりました。

    建物倒壊の原因は4つに大別される

    木造住宅の倒壊原因1:壁の量が足りない

     特に昭和56年以前の建物は壁量が少ないので揺れに耐えられません。「うちは太い柱があるから大丈夫だ」と、柱を家の強度の基準としてイメージしている人が多いのですが、地震のような水平の力を受けたときに抵抗力となるのは柱ではなく壁であり、建物は壁が耐えることで変形を抑えています(図1)。
     お客さまに「うちの家は震度いくつまで耐えられますか」とよく聞かれます。通常の木造住宅は震度5までは倒壊しませんが、震度6強以上の揺れを受けると条件の悪い建物から倒壊していきます。その条件というのが壁の量や、後述する壁のバランスなどです。

    木造住宅の倒壊原因2:壁配置バランスが悪い

     日本家屋は一般的に、日がよく入る東・南側に窓を多く設け、北・西側に水回りなど間仕切りの多い空間を設けます。すると、建物の重心である真ん中に対し、壁の強さの中心(剛心)は壁の多い場所に寄っていきます。重心と剛心の「ずれ」の大きさを「偏心率」といい、これが大きくなるほど、剛心を支点にして重心方向へひねられるように揺れます。従って典型的な日本家屋は壁の少ない南側が強く揺れやすくなるので、補強を意識して設計するときは、揺れやすい部分を最優先に補強することを考えます。

    木造住宅の倒壊原因3:接合部が弱い(緊結不足)

     倒壊住宅で多く見られるのが「ホゾ抜け」です。接合されていないとホゾが抜け上がってしまい、一度抜けると戻らないので、強い揺り戻しを何度も受けて壁が壊れます。先述の2000年の法改正で、構造計算を行った上で継手、仕口にホールダウン金物を取り付けねばならないことになりました。

    木造住宅の倒壊原因4:劣化している

     経年劣化、雨漏り、蟻害などに起因する木材の腐朽により建物が本来の耐力を失って倒れます。

    熊本地震の被害状況を現地で調査

     私は熊本地震が起こった翌月の2016(平成28)年5月、被害状況を調査するために現場を視察しました。驚いたのは、かなり新しい住宅でも多数倒壊していたことです。2階建ての1階部分が完全につぶれていたり、偏心率で壁の少ない面に大きなひねりが生じていたり、ホゾが抜け上がってしまったりなどです。長い年月雨が漏っていたのか、外壁のモルタルの内側の木が腐っている住宅もありました。
     例えばこちらの木造住宅は、南側に大きく開口部があって広縁や座敷があったのではないかと想像できるようなつぶれ方をしています。しかもさほど古くなく、平成に建てられた可能性もあります(図2)。
     筋交いを入れれば大丈夫だと考える方も多いのですが、それだけでは家を守るだけの耐力が足りないので、筋交いを過信するのは危険です。視察でも筋交いが完全に折れてしまっている家が見られました。
     屋根が重いとより躯体の耐力を要するため、軽い屋根のほうが被害は少なくなります。よって屋根の軽量化は耐震を考える上で優先順位が高いと思います。

    耐震診断の重要性とポイント

     実際に被害を受けた建物を参考に、耐震診断のポイントをまとめました。以下に調査項目を示します。
     居室では、まず間取り(寸法)と壁の位置を確認します。古い住宅の場合は実地調査をしながら図面を起こします。壁の材質も確認。石膏ボードなのかベニヤ板なのか、コンセントプレートを外して隙間から目視するなどします。そして雨漏りによる劣化の有無もチェックします。外周では、外壁のびびの有無や瓦の割れやずれ、基礎のひび割れ、戸袋裏、小屋裏、床下を確認します。蟻害がないか、筋交いや金物の有無も調べます(図3)。見落としがないか確認を行い、耐震診断書の作成を行います。診断書は主に壁量を測定するもので、「震度6強の揺れに対して倒壊する危険があるかないか」を判定する目安となります。
     そして耐震診断の結果をもとに補強計画を立て、実際の改修という形で次のステップへ進んでいくわけです。まずは現状の建物の耐力を知り、今後に備えるのが耐震診断です。建築に携わる事業者として、自分の手掛けた家が地震で崩れ、お客さまの尊い命が奪われるなどあってはならないと思っています。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -