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2023年9月8日【理想のすまいと建築フェア セミナー】(講演録2023.6.8)
中古住宅購入時やリフォーム前の耐震診断とインスペクションの重要性一般社団法人大阪府建築士事務所協会/株式会社古木屋 代表取締役社長 立野弘憲氏
購入前に中古住宅の状態を知るインスペクション
普段は木造建築に特化した耐震診断、耐震設計、補強工事を専門としています。本日はこれら調査業務から、今後のインスペクションや耐震診断がいかに重要になってくるのかについてご説明します。
15年前、堺市で中古住宅を購入してそれをリフォームするというお客様のインスペクション、耐震診断、工事を担当しました。「中古住宅を買ってリフォームして住む」スタイルが世の中に出始めた時代でした。購入前に建物の状況を調査、その建物の状態を購入者に伝えて耐震診断を行い、現状の耐震性能およびリフォーム後にどこまで耐震性能を上げられるかについて購入前に打ち合わせし、見込みがあれば物件購入という流れです。
耐震やインスペクションは、国の政策と連動してきました。特に耐震は住生活基本法(2006年)で国が補助金を投入して耐震化促進に動きましたが、実際はあまり進みませんでした。2030年頃には耐震化が完了するとされて現在も進んでいますが、耐震化というよりむしろ建て替えが進んで1981(昭和56)年以前の古い住宅がなくなった結果耐震化率が上がっているという状況です。木造戸建て住宅の耐震改修が進まない理由
耐震診断は上部構造の壁量を判定するもので、「1.0」という値が国の定める最低限のボーダーラインです。耐震性をこのラインよりも上げることに対して、自治体ごとに金額は異なりますが補助金も出ています。耐震補助・補強は(一財)日本建築防災協会の定めた基準に基づいて行うのが一般的です。
現状では、木造戸建住宅以外の建築物(学校や公共建築物)はおおむね耐震化の目標達成レベルにありますが、木造戸建は遅々として進んでいません。大阪府の耐震化率も2020(令和2)年度時点でまだ80%台にとどまっています。たとえ耐震診断を行ってもなかなか耐震改修にまで踏み切らないという現実があります。大阪府のデータからは、耐震診断から改修工事へ進んだケースはわずか24%であることが分かります(図1)。私はこの業界に20年以上携わっていますが、ずっとこのような数字が続いています。
木造戸建住宅の耐震化が進まない理由として、「費用がかかる」「すぐに必要性を感じない」などがよく聞かれます。1981(昭和56)年以前の建物に住む方々はすでに高齢なので余計に前に進まないようです。業界ではマンションリノベが圧倒的な伸び
リフォーム業界で伸び率が高いのは圧倒的にマンションです。今思えば、堺市の中古戸建物件を手がけた15年前、戸建てだけではなくマンションも手がけるべきだったと後悔するほど、“マンションリノベ”という言葉が非常に多く聞かれますし、売り上げも好調のようです。マンションリノベが伸びた理由について、長年調査業務に携わってきた私の目線から考えてみました。
まず、インスペクションという言葉が一般的になったのは5年ほど前です。インスペクションは、住宅の劣化状態を客観的に診断するために第三者(専門家)が行う調査です。インスペクションは住宅を財産と考えるアメリカで始まり、古くから一般化されていました。 インスペクションの際、木造戸建住宅の場合は、屋根、外壁、基礎、雨水浸入部、サッシ周り、建物や壁の不陸、シロアリなど、建物の老朽につながる部分のチェックを行います。マンションなど共同住宅の場合は、1棟全てではなく、一般的には専有部分の内装を見ます。従って木造戸建住宅とマンションでは調査の労力も変わってきます。戸建ての耐震改修があまり伸びなかった理由として、チェックすべき項目の多さ、調査の困難さというハードルもあったと思います。
つまりリノベーションを考えたとき、マンションよりも戸建てのほうが手を入れる箇所が多くなり、コストも上がってしまうのです。マンションは躯体自体には手の入れようがないため内装を整えれば済みます。事業者側がどちらを進めやすいかとなると、マンションに軍配が上がり、今の結果につながったのだと思います(図2)。
私は阪神大震災後から木造戸建住宅に特化した耐震診断や改修工事に従事するようになったわけですが、その中で、マンションリノベの伸びを見通したかったと感じつつも、木造戸建住宅への今後の見込みについていろいろ思索し、まとめてみました。木造戸建住宅の耐震化・リノベの今後を考える
ポイント① 国内だけでなく海外からの視点で
日本は断熱に関しては欧米諸国より遅れています。2050年のカーボンニュートラルも宣言され、今後は国を挙げてエコが推進されていきます。国内だけでなく海外の視点も含めて考えていきたいところです。
ポイント② 木造戸建て住宅では「1984年以降」
木造の耐震には二つポイントがあります。一つが旧耐震から新耐震に変わった1981年。もう一つが阪神大震災後の2000年で、品確法が成立し今の新築の基準ができました。そして最近新たに「1984年以降」が注目されていくと言われています。1984年から始まった「4号特例」が変わるというものです(2025年4月予定)。木造住宅の構造計算は何のチェックも必要なく、壁量計算の担保が取れていませんでした。その状況が変わるということです。この流れから木造戸建住宅の耐震診断が必要とされてくるのではないかと私は考えています。
ポイント③ カーボンニュートラルと断熱化
2025年4月からZEH水準等の木造建築物の構造基準が変わるため、省エネ化がさらに進んでいきます。しかし事業者側にとっては、断熱というと難しい外皮計算などで大変だというイメージが強いのです。しかしこれからはいよいよ避けて通れなくなります。
私は最近、通常の耐震診断にプラスして断熱の状態も診断できますよという提案をしています。これは結構強みで、同じ作業に少しのプラスで断熱の診断ができるのです。最近徐々に断熱工事も増えてきています。ポイント④ 新築高騰で木造戸建リノベの注目度大
全国的に見ても、木造戸建のリノベーション技術は上がってきています。確かにマンションよりはハードルが高いのですが、今新築が非常に高騰しているので、既存住宅活用のチャンスです。木造戸建のリノベが少しずつ注目されてきていると私は感じています(図3)。
ポイント⑤ 年齢に応じた新しいリノベが誕生する
大きな住宅の使われていない部屋だけを完璧に断熱・耐震化してそこを快適な居住空間に変えるというものです。このようなシニア向けの新しいリノベもいろいろと出てきています。
木造戸建住宅リノベの未来はほどほどに明るい
耐震を手がけてきた経験を持つ事業者としての目線で見たとき、これからの住宅の調査業務や診断業務には少し光を感じます。今そこに気付けるか、気付けないかの見極めは、私が15年前にマンションリノベの先をどう見ていたかという部分も参考になるでしょう。私自身もまだこれから取り組んでいくところですが、明るい未来が見えている気がしています。