建材情報交流会

  • 第64回建材情報交流会「持続可能な建築と森林利用の最前線」(2024年12月9日開催)の講演録を公開しました
    2025年1月15日
    基調講演
    「中山寺五重塔再建工事の構造計画について」
    横田 友行 氏
    大阪府建築士会副会長 、(株)能勢建築構造研究所 相談役

    ■中山寺と五重塔の概要

     兵庫県宝塚市にある中山寺は、約1400年前に聖徳太子によって創建されたと伝わる日本最初の観音霊場です。
     中山寺の境内にて約400年ぶりに五重塔が再建された際、当社が構造設計を担当しました。中山寺では、木造で建立したいと表明されていました。そこには、代々受け継がれてきた建築文化や技術を絶やすことなく継承したいとの願いがありました。
     この設計業務の話をいただいたとき、木造の五重塔に関する計算例や計算基準が当時の世の中にほとんど見当たらなかったため、お受けするかどうか迷っていました。しかし当社の創業者・能勢善樹は生前、木造の五重塔の耐震性について熱心に研究していたので、能勢の供養になるかもしれないと考えて引き受けたという経緯があります。
     五重塔の塔身の軸組は「組み上げ構法」という構法を用いて組み上げていきますが、その中にも時代によっていくつかの構法があります。中山寺では、心柱(しんばしら)の周りにある4本の柱(四天柱(してんばしら))が屋根を貫く「長柱(ちょうちゅう)構法」を採用しています。
     長い歴史の中で、各地の五重塔が災害によって被災してきました。過去の資料から調査した結果、地震による被害は少なかったことが分かっています。台風被害はかなりあったようで、実際に資料にも残っています。最も多いのは落雷や戦火による焼失です。中山寺も約400年前の戦で焼かれました。
     江戸時代以前に建立された五重塔は22基。最も古いのが法隆寺で、世界最古でもあります。明治~昭和期の木造の五重塔はわずか10基で(RC造や鉄骨造が多い)、平成で20基に増えましたが、これは阪神・淡路大震災をきっかけに木部材の仕口や壁の構造的な性能が定式化されたからです。中山寺は平成20番目の木造による五重塔です。

    ■江戸時代の絵図に描かれた五重塔の再建

     中山寺の五重塔は、「工作物」として確認申請を行い、耐震設計ルートは「限界耐力計算」を採用しました。総高さは約27mです。建設地は境内の奥まった場所にある大師堂前の段丘地で基礎設計には苦労がありましたが、江戸時代の「伽藍古絵図」に描かれた五重塔と同じ場所に再建したいという中山寺のご意向をくんで、この段丘地での建設となりました(図1)。
     設計に当たってプロポーションや組物のモデルにしたのは京都の海住山寺と広島の明王院にある五重塔です。例えば初重(一番下の層)に取り付けた裳(も)階(こし)(庇状の構造物)は海住山寺を、大きな軒の出は明王院を参考にしました。

    ■構造計画の基本方針について

     五重塔の伝統的構法は、真ん中の心柱、心柱の周りにある四天柱、さらにその周りに12本の側柱(がわはしら)を配置するものです。初重に45㎜、二重に39㎜、三重~五重に30㎜の板壁を設置して耐震要素としています。  屋根は組物で複雑に構成されています。軒を大きく出すような組物をつくり、側柱の上に大斗(だいと)などの荷重を受ける部材を設置して、大きな軒の荷重を側柱に流しています。
     材料は基本的に吉野ヒノキを使っていますが、心柱には岡山県美作市のヒノキ、大きな荷重を受ける大斗には強度の高いケヤキを使っています。また、心柱は1本ものではなく、実は3本に分割されています。
     初重の柱脚はボルトなどで固定されておらず、花崗岩の礎石に載せているだけです。初重では柱が剛体回転するので、これに伴う傾斜復元力が考慮されています。
     構造設計には先述の通り限界耐力計算を用いました。これは2種類の地震動を想定し、「損傷限界レベル(震度5強)」で損傷せず、「安全限界レベル(震度6強)」で倒壊しないための検証です。耐風設計についても、限界耐力計算で定められている風圧力に対して検証し、安全性を確認しました。荷重と外力については、五重塔の重量による固定荷重、五重塔に作用する地震荷重、風圧力を算出しています。

    ■限界耐力計算法と解析モデルについて

     限界耐力計算は、解析モデルをつくって行いました。4本の四天柱と12本の側柱の通りについて解析モデル化を行っています。各部位のモデル化に関し、簡単にご説明します。
     柱-貫(ぬき)接合部では、木部材のめり込みによる抵抗を考慮して「ばね」に置き換えています。この場合、建築学会の基準からばねの算定式を引用し、めり込みのばねや回転ばねなどを用いています。
     側柱の通りに配置した板壁については、ダボで「落とし込み板壁」を軸組の中に入れているのですが、トラス的な作用が生じて水平耐力が発揮されるのでブレースに置換しています。部分的に柱のめり込みや、大きなせん断力が発生することがあるので、その辺りは解析結果から細かく検証を行っています。
     初重の柱は、前述した通り柱脚を固定していないため柱自体が剛体回転するのですが、剛体回転を起こそうとする力と同時に、それを元に戻そうとする力も働きます。そのような傾斜復元力の特性も考慮して解析を行っています。
     また、小屋組には尾(お)垂木(だるき)という比較的大きな部材が配置されているのですが、尾垂木と四天柱で構成される三角形もトラスとしてモデル化を行いました。
     こうして、解析結果から初重~五重にかけての「荷重-変形角関係」が得られました。解析により、五重塔は7割近くが板壁の水平耐力で荷重による変形に耐えていることが分かりました。

    ■いかに地震に耐えられるか―限界耐力の確認

     限界耐力計算は、前出の「荷重-変形角関係」に基づいて応答変形角を算出します。建築基準法では、層間変形角が1/30以内であれば安全限界時(震度6強)の大地震でも倒壊は免れるとしています。今回限界耐力計算を行った結果、最も大きく変形するのが初重であり、それでも1/44という、安全が確保された数値であることが分かりました。
     各部材について、損傷限界時と安全限界時それぞれで細かな断面の検討を行いました。その結果、板壁周りの柱や梁で部分的にどうしても基準耐力を上回ってしまう応力が出たために、木造とはいえど、やむを得ず一部プレート補強を行った箇所もありました。
     その他部材の検証例として、上に突き出た相(そう)輪(りん)部分の心柱についてご紹介します。柱脚が固定で柱頭がフリーの片持(かたもち)梁(ばり)で検討し、水平振動は1Gよりもさらに厳しい1.7Gを想定して設計しました。この場合も、1.7G想定では木材のみでクリアできない結果になったため、相輪部分の柱脚部である露盤を鋼管で補強することになりました。やはり完全な純木造ではなかなか難しい箇所もあったということです。
     瓦についても、近年頻回に襲来する大型台風を想定して補強を行いました。

    ■基礎設計について

     建設地が急傾斜の崖地であったため、地面を約10m掘削して高さ10mのべた基礎とし、さらに掘削部分は約7mを埋め戻しました。7mもの埋戻しを行ったのは、塔に作用する地震力や風圧力によって基礎部分が浮き上がる恐れがあるためです。埋戻しは、そのような外力に抵抗するためのカウンターウエイトの役割を果たしています(図2)。
     基礎部分については、接地圧の検討はもちろん、転倒や五重塔からの滑動も検証し、いずれに対しても問題がないことを確認しています。地盤がどれだけの重量に耐えられるかを示す支持力については、傾斜の影響を考慮した支持力式を用いて算定しました。

    ■評価委員会の部会での検討と指摘事項

     以上が設計と構造計画の概要ですが、これらの内容を日本建築総合試験所の評価委員会に提出して安全性の確認をしていただきました。 結果、評価委員会からは多くの“宿題”をいただくことになりました。同委員会で指摘されたのは以下の10項目です。
     1)工学的基盤の傾斜の影響を考慮した地盤増幅率の算出
     2)柱脚部分の応力伝達について
     3)貫のせん断力負担割合と木材のばらつきの影響について
     4)振動解析による応答値の確認
     5)限界耐力計算の再確認
     6)各層の転倒の検討と補強について
     7)層間変形角の再確認
     8)斜面の影響を考慮した基礎の検討
     9)柱脚部分の滑動の検討
     10)建物の剛性をパラメータとした時の応答値の傾向
     このうち特に、4)と6)についてご紹介します。

    振動解析による応答値の確認(指摘項目4)

     原設計は限界耐力計算を用いて安全性を検証しましたが、同委員会からは、限界耐力計算だけではなく「時刻歴応答解析」も行うようにという指摘がありました。
     そこで、塔身のみを考慮したCASE1と、塔身+心柱の影響を考慮したCASE2、この2種類の解析モデルで安全性を検証しました。採用した地震波は告示波3パターンおよび観測波3パターンの計6波。 求められた応答値からは、三重の層間変形が大きいこと、心柱が非常に大きく変形することが分かってきました。しかし、CASE1(塔身のみ)の三重の層間変形角が1/23であるのに対し、CASE2(塔身+心柱)は1/29まで減少していました。従ってCASE2では、小さいながらもある程度の制振効果があることが確認できました(図3)。
     しかし一方で、相輪部分に関してはCASE2で反対に変形が大きくなり、1/23から最大1/10まで増大してしまうことも明らかになりました。

    各層の転倒の検討と補強について(指摘項目6)

     原設計では地震と風を考慮して限界耐力計算を行っています。しかし同委員会からは、時刻歴においても各層で、特に側柱の引き抜きについて検討が必要であるとして、さまざまなケーススタディを要求されました。
     そこで、各種ケースで解析を実行していくうちに、初重から四重にかけて引き抜きが生じるケースが若干出てくることが分かりました。従って側柱の四隅にやむを得ずターンバックルによる補強を施しました。この補強は初重から五重にかけて全て行い、転倒に対して抵抗力が働く状況をつくりました。
     木造という強いご意向ではありましたが、解析を進めるうちにどうしてもプレートや鋼管で補強すべき箇所が出てきたり、あるいは評価委員会からの指摘でターンバックルを用いざるを得なかったりと、完全に木のみでの建立とはいきませんでした。現場では、宮大工の方々にこのような補強材が隠れるような造作をしていただくことができました。

    ■崖地の傾斜地盤で基礎を施工、10mの掘削工事

     高さ約10mの崖地に深い基礎を築くため、かなりの掘削が必要でした。計算上、基礎設計は可能なのですが、施工できるのかという問題がありました。これを担当してくださったのが大成建設でした。大師堂のすぐそばで10mの掘削を行うということで、「ソイルネイリング工法」という特殊な工法を用い、なおかつ大師堂の変位を常に計測しながら、慎重に工事を進めていきました。
     手順は、1.5mずつ7回にわたって掘削していくというもので、そのつど崩れないようアンカーピンで法面を補強しながら行います。
     「伽藍古絵図」で描かれた“大師堂前に建つ五重塔”を再現することは、中山寺にとって譲れないこだわりでした。こうして傾斜地盤における大がかりな掘削工事を実施することになったわけです。

    ■地盤の掘削から竣工まで

     当時の現場の様子を写真と共に紹介します。
     2013(平成25)年12月、地盤を掘削する根切り工事が始まりました。東側が崖地になっていることがよく分かります(図4)。広く平らな「星の広場」は、資材置き場と工作場として活用しました。
     2014(平成26)年2月には掘削がほぼ完了して基礎の床付けが行われ、続いて基礎配筋、コンクリート打設、埋戻しへと進み、基礎が構築されていきます。
     基礎ができると基盤に工事が進みます。素屋根を建てて、その中で初重から五重まで組み立てていきます。三重まで組み上げたところで1本目の心柱を上から吊るしながら挿入します(図5)。軸組をどんどん組み上げながら、屋根工事も土居葺きから瓦葺きへと、並行して進めていきます(図6、7)。
     五重の小屋組の中には記名版が納められています。記名版には建築に携わった企業や関係者、担当者の名前が記されており、当社も社名と担当者名を記入していただきました。
     竣工間近の2016(平成28)年7月には、着色や飾り瓦の配置などを行いました。通常の五重塔では朱色に塗られることが多いのですが、中山寺では群青色で色付けされています。竣工写真では晴れた青色の空に群青色がとても美しく映えています(図8)。夜間はライトアップされており、朱色の大願堂との対比でこちらも素晴らしい眺めになっています。
     中山寺では、掘削から竣工までの詳細を分かりやすく紹介した動画を制作・公開されているので、ぜひこちらも併せてご覧ください。

    ◇「五重塔再建事業」(大本山中山寺)
    「CLTの概要・最新情報」
    小玉 陽史 氏  
    一般社団法人日本CLT協会 業務推進部長

    ■日本CLT協会のあゆみと事業内容

     日本CLT協会は、2012(平成24)年に任意団体として発足し、2014(平成26)年に一般社団法人化しました。会員は、大手ゼネコンをはじめ、大学関係、教育機関、民間企業など343団体です(2024年5月現在)。
     事業内容はCLTの普及活動と技術開発の2点です。10の小委員会と13のワーキンググループを組織し、さまざまなルールや基準、マニュアルなどを作成したり、普及活動にいそしんだりしています。
     CLTは、政界、学界、産業界や財界、官界といった各種組織と関わり、さまざまな支援を受けています。

    ■フル活用、部分活用……CLTの建築実例紹介

     CLTはどんな所に使われているのでしょうか。CLTをフル活用した事例に、岡山県の銘建工業(株)の本社事務所があります。同社は日本で初めてCLT製造工場の認定を受けた企業です。部分利用の事例では竹中工務店の社宅がよく知られています。同社はCLT利用に積極的で、神戸や名古屋にある社員寮もCLTで建設されています。
     高知県の高知学園大学8号館は、1階から3階までを一枚のCLTパネルで自立させた日本初の事例です(図1)。このように大判の板を使用することで高効率化や工期短縮につながる可能性も秘めています。
     当協会のウェブサイトでは、CLTの利用例が200件以上掲載されています。さらに、そこから内閣官房が集計した建物一覧に飛ぶと、全国約1,000棟の利用例が閲覧できます。お住まいの都道府県や町で検索すると、意外と近くにCLTの建築物があることに気付くでしょう。

    ■構造材に利用できる強靭な木質建材

     CLTは「Cross Laminated Timber(直交集成板)」の略称で、ひき板を並べて繊維方向が直交するように積層し、接着した木質系材料です。かつらむきに切った単板を直交させたものは合板と呼ばれますが、合板とCLTの違いは厚みです。CLTは厚く強固なので構造材として活用できるのです(図2)。先ほど3階層分を1枚の壁で建てた事例がありましたが、それほど強い材料であることを知っておいていただければと思います。
     CLTは30年前にヨーロッパで開発され、広く普及しました。日本では2013(平成25)年にJAS制定、2016(平成28)年に建築基準法関連告示が施行され、CLT建築物の竣工件数は短い期間で右肩上がりに伸びてきました。
     CLTをつくれるのは、CLT製造工場として認定を受けた所だけです。現在、北海道から鹿児島まで9カ所の製造工場があり、そこで製造されたもの以外はCLTとして認められません。

    ■CLTを活用した高層木造(地上6階以上の建物)

     知名度の高い高層事例をいくつか紹介します。大林組による11階建ての「Port Plus」は日本初の高層純木造耐火建築物で、耐力壁、屋根、床、階段にCLTが使われています(図3)。加工しやすくサイズも自在なので利便性が高くさまざまな場所に使用することができます。
     東京海上の新本店ビルは、日本一高い100m超の木造ビルとして今まさに話題になっています。木の使用量は世界最大規模になると言われており、CLTは床の構造材として使われます。今年12月に着工、2028(令和10)年に竣工予定。

    ■今なぜ、CLTが注目されているのか?

     なぜCLTが注目されているのか、これにはいろいろな背景があります。まず、国が森林資源の活用に非常に力を入れていることです。日本は国土の7割近くを森林が占める森林大国でありながら、そのうちのわずか0.5%しか木材になっていません。しかるべき時期に伐採を行い、増え続ける森林資源を活用していく必要があるわけです。そこで国としては、森林環境・森林環境譲与税という新たな制度を施行したり、木材利用促進法の対象を拡大したりして林業の活性化を推し進めています。
     もう一つのキーワードがSDGsとESG投資です。持続可能な企業活動が投資を呼び込み、企業の事業継続・拡大につながるという考え方がスタンダードになりつつある現在、脱炭素社会の実現のために木材利用が再注目されているのです。
     2050年の実現を目指すカーボンニュートラルも大きなきっかけとなっています。国と地方が共に目標達成に向かえるよう、2020(令和2)年に「国・地方脱炭素実現会議」が開催され、全国の自治体が実現に向けたロードマップづくりに取り組みました。

    ■CLTのコストはどれくらいなのか?

     CLTに関してよく質問されるのがコストに関することです。林野庁ではCLTを活用した建築物に対し、実証事業として補助金を給付しています。建築予算のおおよそ1/3~1/2程度を補填してもらえますが、性能の実証が対象なので、RC造などの他工法と工事費、工期などを比較して、CLTの利点や課題点を明らかにする必要があります。
     これは(公財)日本住宅・木材技術センターが窓口になって募集しており、すでにかなりの数の建物が建てられています。検索すると過去の対象事例は全て閲覧できるので、用途や規模に対するコストがどれくらいなのかを知るのには有用かと思います。

    ■CLTの環境性能をRCと比較

     ある建物が100年間で地球環境に与える影響はどの程度でしょうか。このとき、建築材料を生産時に使われたエネルギーや解体時のエネルギーはどれくらいか、あるいは再生に当たりエネルギー量はどうなるのか、などを計算します。こうして算出されるのが環境性能です。
     図面上では全く同じのCLT建築物と鉄筋コンクリート(RC)建築物の建築コストを出し、100年間のエネルギー消費量を計算しました。60~70年で解体して部材を再利用する過程まで含めたものです(図4)。この計算結果から、ライフサイクルにおける温室効果ガス排出量はCLTのほうが少なく、炭素貯蔵量はCLTがRCを大きく上回ることが分かりました。

    ■多種多様な助成制度、補助事業

     CLTを活用した建築物への助成制度にはいろいろなものがあります。当協会ウェブサイトの「助成金」から「主なCLT助成制度一覧」に飛ぶことができますし、内閣官房の「CLT支援制度」から見ることもできます。
     最も補助率がよいのは林野庁の「JAS構造材実証支援事業」で、非住宅という条件はありますが材料費(CLT)が全額補填されます。よって枠が毎回すぐに埋まってしまうため、当協会では現在、枠をもっと広げてほしいと国に要請しているところです。
     次に大きいのが先述の「CLT活用建築物等実証事業」です。もちろん林野庁だけでなく、国土交通省や環境省でも補助金事業を実施しています。これだけの補助があるのもCLTならではだと思います。
     「実際に物件を見てみたい」という現場の声をよく耳にします。林野庁の補助事業で実施されている「実物件から学ぶCLT建築講習会」では、当協会も協力して、遠方から見学会に参加できない方々のために動画を作成し、全てウェブ上で無料視聴できるようにしました。先ほど高層事例で紹介した「Port Plus」もあります。設計者や施工者のコメントや苦労話など、生の声も入っています。

    ■無料で入手できる冊子やガイドブック

     書店に行ってもCLTの書籍は全くと言っていいほど販売されていません。そこで、無料でダウンロードできる関連書籍、ガイドブック、パンフレットなどをまとめたコーナーを当協会のサイトに作成しました。十数種類の建物の外観や図面を収録したガイドブックや、豊富なディテールを収めたCLT建築物ディテール集、外装に現しでCLTを使いたいときのQ&A集など、さまざまな冊子が簡単に入手できます。
     最新のものでは、「はじめるCLT建築CLTが新しい日本の建築を創る」(2023年)や、国土交通省と共同で作成した「強く、美しいCLT木造建築 CLT GUIDEBOOK」(2023年)、実際に全国各地でCLT建築を建てた設計士の方々の代表的な作品が見られる「時代を積層するCLT建築」(2023年)などがおすすめです。設計を少しかじってみたいという方には「CLTデザインノート改訂版」(2024年)がよいと思います(図5)。
     本格的な知識を求める方々には、実務者コーナーにて設計施工マニュアルやCLT関連告示等解説書を有料販売しております。

    ■担い手を育成するための施工講習会

     当協会では、国土交通省の補助事業で「CLT建築物の大工技能者等の担い手育成講習」を毎年開講しています。全国のいろいろな地域で実施しており、すでに4回を数えます。今年は10月に鳥取県と福島県で開講しました。座学講習の後に実技講習があり、実際に建てることによって身に付けてもらっています(図6)。
     実務者向けには「CLT設計者等実務を学ぶ講習会」を開講しており、設計者の専門的な講習メニューや、告示と構造設計の解説も行っています。当協会ウェブサイトのQRコードから申し込み可能で、無料で視聴できます。テキストも非常に参考になると思いますので、ぜひ視聴をご検討ください。

    ■CLTの普及に向けた新ロードマップ

     国は、CLTの普及に向けて指針を策定したロードマップを作成しています。例えば、「CLTの認知度が低い」という課題に対しては、「大規模イベント等における活用の促進」という指針が示されています。実は、大阪・関西万博の大屋根リングは床にCLTが使用されています。日本館は鉄骨造ですが壁は全てCLTです。このような取り組みもPRの一環として行われています。
     また当協会でも担い手を育成するために設計者・施工者に向けた講習会を継続的に実施していますし、コスト低減のためにパネルの標準化を検討するなど、ロードマップに沿って活動しています。今後もさらなる普及・発展を目指して日夜努力を重ねてまいります。

    「サーキュラーエコノミーと木材利用」
    越井 潤 氏
    越井木材工業㈱ 代表取締役社長

    ■きわめて低いわが国のリサイクル率

     従来の経済活動は、大量に生産して消費し、廃棄するという一方通行の流れでした。ところが、地球環境にさまざまな問題が生じ、これ以上負荷をかけるわけにはいかない状況まできています。今世界中で議論されているのは、まずリユースしてその次にリサイクルする、サーキュラーエコノミー(循環型経済)をつくっていこうという動きです。
     日本のリサイクル率は、OECD諸国の中でも非常に低い順位にあります。日本では、リサイクルと言いながら実質的にはサーマルリサイクルをしている、つまり燃やしてエネルギーにしている実態があります。国ではこの状況を問題視し、現在サーキュラーエコノミーのロードマップを発表しています。ビジネスの中でサーキュラーエコノミーを確立させ、2030年には循環経済関連ビジネスを80兆円以上の規模にまで育てようとロードマップで謳っています。
     プラスチック、金属などなど、産業界は多くの素材や材料の集まりですが、残念ながら木材業界ではサーキュラーエコノミーの施策に関する議論が遅れています。その状況を受けて(公社)日本木材保存協会は2024年9月6日、環境宣言を策定し、ついに「サーキュラーエコノミーの実現のために木材業界として貢献する」と宣言の中で言及したのです。

    ■コシイの挑戦① リユースできる木製浮き基礎を開発

     世界や国内、業界の動向を見てきましたが、本題として当社が今進めているサーキュラーエコノミーへの「挑戦」についてご紹介いたします。
     一つ目は「木製浮き基礎」。建物の基礎は通常、鉄筋コンクリートです。例えば上物ならRC造やS造、あるいはCLT造と選べますが、基礎は他に選択肢がありません。それでは味気ないので、丸太を格子状に組み、少し転圧して土を埋め戻し、その上に建物を建てるという木製の新しい基礎を開発しました(図1)。
     もちろん建築基準法の制限を受けはしますが、建てることは可能です。構造計算がやや複雑なので、技術審査証明という認定を取得しました。その証明書を建築主事に提示すると比較的スムーズに許可が下ります。
     この工法には、リユースできるという大きなメリットがあります。一度建てた建物を解体し、再度建てる実験を行ったところ、木材は100%でリユース可能、金物は90%前後のリユース率でした。こうして材料を廃棄せずに建て替え可能な製品づくりにチャレンジしています。

    ■コシイの挑戦② 自然公園の木質化

     自然公園で目にする木道、木柵、ベンチには、木に似せたコンクリート(擬(ぎ)木(ぼく))がよく使われています。というのも、木材は外にさらすと雨などで腐ってしまうからです。しかし、できることなら本物の木を使ったほうがより自然を楽しめるでしょう。
     そこで当社は、銅が腐朽菌やシロアリに強い抵抗力を持つことに着目し、銅を含んだ防腐薬剤を浸透させた耐久性の高い木材「ODウッド」を開発しました。これなら屋外でも長期にわたって使用できます。ODウッドは実際にダムや土留めなどの林業土木で活躍しています。 木材の耐久性を高めるもう一つの技術が、フィンランドで開発された「サーモウッド」です。これは薬剤を一切使わず、熱だけで処理しています(図2)。
     そして今当社が取り組んでいるのが、ODウッドとサーモウッドを組み合わせて自然公園の木質化を図ろうという試みです。土に接する部位にはODウッド、人が座ったり触れたりする部位には薬剤フリーのマイルドなサーモウッドを使います(図3)。公園の木質化と同時に、木材をサーキュラーエコノミー化していきたいと考えています。そのためサイズを標準化し、納まり、留め方、金具なども、手軽な購入と簡単施工、互換性にこだわって設計しました。さらには数値化による見える化にも取り組んでいるところです。今後サーキュラーエコノミーを形成していくためにも、スペックや各種基準を整備していく必要があると考えています。

    ■コシイの挑戦③ 未来の話

     当社はODウッドの薬剤を海外から購入していますが、銅だけでも年間66tに及びます。仮に5年間なら、330tの銅が、国内の住宅、土木資材、公園資材に蓄積されることになります。年月と共に蓄積量は増えていくので、いつかそれらの建物や構造物が解体されるときに銅を回収して再利用すれば、銅を購入する必要がなくなるのではと考え、試算してみました。
     海外から新しい銅を購入した場合と、リサイクル銅を使う場合のLCCO2は、前者で10.5㎏/木材m3、後者で7.4㎏/木材m3となりました(図4)。問題は、銅を木材から抽出、回収する技術がまだ確立されていないことです。それゆえ「未来の話」とさせていただきました。
     しかし私は、大学の先生としっかりタッグを組んで研究しようと考えています。5年、10年先を見据えて、国内で大量に蓄積されている銅を回収・再利用できる技術が開発できれば、経済安全保障上も、環境負荷低減の意味でも、きわめて有意義ではないでしょうか。

    ■コシイの挑戦④ 身近なサーキュラー

     ずいぶん大きな構想を話しましたが、サーキュラーは身近でも可能です。当社では工場内でSDGsのための活動を行っています。例えば雨水利用。縦(たて)樋(どい)と横(よこ)樋(どい)をつなげて工場の屋根から大きなタンクに雨水を溜めています。天気予報でいつ雨が降るかを確認し、それに基づいて雨水の回収計画を立て、毎日毎日数字を追いかけているのです(図5)。
     なぜこんな面倒なことをするのかと思われる方も多いと思います。確かに、日本の水道代は安いですから、こんな途方もない手間をかけるよりも蛇口をひねったほうが絶対的に安く、速く、楽です。
     しかし私は、「水資源って本当にいつまでも豊富なんだろうか?」と思うのです。海外に目を転じると、飲料水、生活用水に困っている人が世界中にいます。だからもしもの時に備えて、われわれも雨水をできるだけ使うようにしていこうと考え、このように数値化・可視化して取り組んでいるわけです。
    木材を束ねるPPバンドのリユースも実行しています。当社では年間3万mのPPバンドを使用しますが、以前は木材をばらした後に廃棄していました。それをもう 2回、いやもう3回使おうということになり、こつこつ地道に取り組んでいるのですが、リユースを始めてから新品の使用量が1/3減少しました。長さにして年間1万1,096mです。
     廃棄するということは、必ずどこかへ行っています。先ほど日本のリサイクル率が低いと言いましたが、燃やすならまだよいほうで、川や海に捨てられているケースもかなりあります。ご存知のように、これらが海洋汚染でマイクロプラスチックとなって魚や海洋生物の口に入るという悪循環につながります。ならばわれわれが廃棄する量を減らすしかないと考えて、リユースに取り組んでいます。
     当社で今ちょうど取り組み始めたのが、パソコンのリサイクルです。国内で流通しているパソコンは約300万台ですが、大抵3~5年程度で寿命が訪れます。しかし日本のパソコンのリサイクル率は約20%(60万台)と非常に低く、残りの約240万台は廃棄されています。
     (株)コシイプレザービング(グループ会社)では年間約20台のパソコン入れ替えを行っていますが、例えばレアメタルであるパラジウムが20台で計104g含まれています。そう考えると、やはり廃棄せずリサイクル事業者に持っていくべきではないかという議論が社内で始まっています。当社の事例以外でも、個人レベルでできるサーキュラーは身近にたくさんあると思います。

    ■コシイの挑戦⑤ 針葉樹と広葉樹の混交林化

     木材は、山で伐採された後に植えれば再生できます。つまり自然界におけるサーキュラーな素材といえます。当社は大分県の日田と三重県の尾鷲に山を所有していますが、スギ、ヒノキを切っては植えてきました。それはもちろん会社の事業のためなのですが、しかしサーキュラーエコノミーの観点では問題が出てくると考え、一部広葉樹を植えて混交林化に取り組んでみようと考えました。こうしてスタートしたのが三重県紀北町(尾鷲)の混交林プロジェクトでした(図6)。
     アカシア、クリ、スタジイ、カシ、サクラなどが広葉樹の代表例です。シイやカシは古くから日本にあり、日本人にとってなじみ深い樹種です。
     ヒノキの60年生くらいの山を伐採して裸山にし、本来ならば再びヒノキを植えるところを、混交林にするため広葉樹を植えました。日本の山は大変急峻ですが、このような急斜面にクリ、スタジイ、イチイガシを200本ずつ植えていきました。
     なぜこの3樹種を選んだかというと、日本で使い道がなくなりつつある木だからです。和室も減少、造作材としても用途が減ってきています。そうした現状を考えてこの堅い木を敢えて選んだわけです。
     もう一つの狙いはクマやシカなどによる獣害の抑制でした。なぜ獣が人里に下りてくるのかについては、いろいろな意見がありますが、山から彼らの食べ物が減ってきているからというのも一つの見方です。クマやシカはスギやヒノキの実を食べませんが、クリ、スタジイ、イチイガシの実なら食べてくれるかもしれません。そうなれば彼らが危険を冒してまで人里に下りてくる必要もなくなるのではないか、と考えました。
     動物たちは山、人間は里、そして中間帯となる里山を再生していくことで、人間と動物の共生が可能になるのではないか。これも広い意味でサーキュラーエコノミーになり得るのではないか。そう考えて一生懸命取り組んでいます。  最近の若い人たちはとても環境への意識が高く、このような議論をする際には、非常に熱心に勉強していろいろなことを調べてきてくれます。そんなわけで若い社員たちと共にこの混交林プロジェクトに励んでいます。
     以上が当社の5つの挑戦でした。これからますます、長い目で先を見据えたサーキュラーエコノミーに挑戦していきたいと考えております。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -