私の建築探訪

  • 2024年9月3日
    京都競馬場
    馬場から見た外観。直線的なラインはメインとサブを合わせ350mにも及ぶ
    馬場から見た外観。直線的なラインはメインとサブを合わせ350mにも及ぶ
    1925(大正14)年に現在地伏見区にて開設され、2025(令和7)年に100周年を迎える京都競馬場。記念事業として進められていた改修・整備工事が2023(令和5)年4月に完成し、晴れてグランドオープンしました。テラスや緑地でくつろぐ人、子どもとレースを楽しむ人……100年間競馬ファンをはじめとして多くの人を魅了してきた京都競馬場は、まちに開かれた新たなコミュニティスペースとしてリニューアルされました。 「けんざい」編集部

    誰もが気軽に入れる公園のような競馬場を目指して

     京阪電車の淀駅前に位置する京都競馬場は車窓からも至近で目視でき、訪れる人々が広大な敷地で思い思いに楽しむ姿が見てとれます。リニューアルを機に「センテニアル(100年)・パーク 京都競馬場」と名付けられたその場所は、名前の通り公園のように大きく開放的な施設に生まれ変わりました。メインスタンドの全面改築を中心に、サブスタンドの改修、厩舎や馬場の再整備も実施しました。
     「公園のようにくつろげて、お客様がそれぞれお気に入りの場所を見つけられる、“開かれた競馬場”を目指しました」とリニューアルのコンセプトを話すのは同競馬場建築設備課課長の山畑成さんです。
     「競馬場は、初めて来る人や競馬自体になじみがない人にとって少し入りにくい場所です。そのような感覚を払拭できるよう、スタンドやパドック周辺はもちろん、車窓から見たときも賑わいを身近に感じられるような設計に努めました」。
     スタンドはメインとサブを合わせて350mほどにも及び、水平方向への直線的な外観は爽やかな空間の伸びを感じさせてくれます。設計のポイントは、「視線の抜け」が意識されていることです。建物内部は、旧棟より高く確保された天井高、自然光を取り込む吹き抜けやトップライト、方立(仕切り部材)のない大型ガラスなどによって開放感を出し、レースはもちろん外部の景色も大きな視野で楽しむことができます。
     「レースごとに馬場とパドック間を往復するのが競馬場来場客の基本動線で、その中間に投票所があります。今回、キャッシュレスの馬券購入システムを活用して動線設計を工夫したことにより、バックヤードを縮小させた分投票所エリアの省スペース化が可能となり、来場客の動線がよりスムーズになりました。省スペース化に加えエスカレーター、階段の位置変更で長手方向の見通しが格段によくなり、何とも気持ちよい視線の抜けが味わえます」と山畑さんは競馬場特有の動線について説明します。

    地域の特性上必要だった、高難度の地下工事を完遂

     初期に行う地下工事では大変な苦労を伴ったそうです。というのも、宇治川と桂川に挟まれた同競馬場の周辺一帯は、地下水の水位が季節によって想定以上に高くなることが事前調査や追加調査で判明し、特別な水対策を講じる必要が生じたからです。というのも、想定以上の水位上昇があった場合、水圧で地盤が持ち上がり水が吹き出す「盤ぶくれ」が起こるおそれがあったからです。
     「盤ぶくれが起こると事故につながるので、これを阻止するため、水を一時的に固化する水ガラスという薬剤を地盤に注入して地盤を安定化する工法を試みました。本来は局所的な施工に使う工法ですが、広範囲にわたって行う必要があったため、専用の特殊機器を全国から集めて一気に地下工事をやり切りました。手間も時間もコストも要する難工事でしたが、これをやらずにもし盤ぶくれが起こっていれば、修復に費やす時間も含め、工期・コスト共に大きな影響が出ていたことでしょう」。
     また、工事のためレースは2年半休止されましたが、その期間も土日の馬券発売営業を継続するため、解体のないサブスタンドにインフラ関連設備をつなげ替える工事を半年かけて行いました。工事を進めながら、購入客が不便を感じないよう腐心されたそうです。

    コロナ禍で見直された設計。多様なニーズに応える“みんなの競馬場”へ

     平成の競馬ブームの頃と比べて客足は落ち着き、収容席数の確保に重きを置く時代ではなくなりました。とはいえ、着工当初は現レベルほどの快適性は求めていなかったそうです。しかし着工とほぼ同時に大きな変化を余儀なくされます。
     「着工とほぼ同時にコロナ禍となり、人々の動きや生活様式が変化したため、社会情勢に鑑み設計を見直しました」と当時を振り返ります。
     密にならないよう座席の間隔を広げたり、特定箇所での混雑を避け、分散して滞留できるよう休憩スポットを多数設けたりと、ゆとりある空間へと設計変更されていきました。
     「例えば当初の設計では1ブロック6連席だった観覧席を4連席にして間に荷物置きをつくったり、密着していたペア席に空間を入れたり、建物内に入らずに馬券が買えるよう入場門にも投票所を設置したりしました。当時は前例もなく手探り状態でしたが、新たな生活様式にも対応した安心で快適な空間づくりを目指しました。その結果、多様なお客様に喜ばれる空間が実現できたと感じています」と山畑さんは言います。
     他にも木目調の内装や京都をイメージしたラグジュアリー感あふれる装飾の数々を配し、落ち着いた空間が演出されています。
     開放感、快適性を追求した空間づくりが奏功し、リニューアル後は女性や子ども連れ、車いす利用者の来場が増えた実感があると山畑さんは言います。
     今後も、競馬ファンのみならず、競馬に関心のない老若男女でも楽しめる「集いの場」として、多様なニーズに応える“みんなの憩いの場”に進化していってくれるのではないでしょうか。

    京都競馬場 【所在地】 京都府京都市伏見区葭島渡場島町32
    【TEL】 075-631-3131
    【URL】 https://www.jra.go.jp/facilities/race/kyoto/
TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -